モンゴル

■雨を運ぶ人は幸せを運ぶ 2008.4.22 update

視界を阻むものはなく、どこまでも続く広い大地。澄んだ空気を包み込む青い空と草原を揺らす乾いた風。夜は満天の星の大パノラマ。そして、馬にまたがり、家畜たちと日がな一日のんびり気楽な生活を送る遊牧の民。モンゴルというと、そんなイメージがあると思います。確かにモンゴル人はいろんなことに対して大らかで、細かいことは気にせず、日々のびのびと過ごしています。

例えば時間について言うと、モンゴル語で「時間」は「цаг(つぁぐ)」ですが、「分」は「минут(みぬーと)」、「秒」は「секунд(せくぉんど)」といいます。ちょっとでも外国語がわかる方なら、「минут(分)」も「секунд(秒)」もおそらく外来語であろうことがわかると思います。つまり、モンゴルの先人たちの頭の中には「大まかな時の流れ」という意味での「時間」という概念はあっても、「分刻み」や「秒刻み」などという細かい時間の概念はなく、それゆえ元々のモンゴル語にも細かい時間の区切りを表す言葉なんてものはなかったのでしょう。

時間を気にせず、明るくなったら起きて腹が減ったらメシを食い、暗くなれば寝る。太古の昔からそんな生活を送っていたのではなかろうかということが推察されます。真偽は定かではありませんが。で、そんな感じで現代モンゴル人にもその血は脈々と受け継がれており、時間もテキトーなら約束もテキトー。仕事も無理せず頑張りすぎず、多少の問題もあまり気にしません。

しかし、そんな大らかなモンゴルでの生活ですが、実際に暮らしてみると実はそんなにのほほんとしたものではなく、常に厳しく過酷な自然との戦いが待っています。10月になるとすぐ雪が積もり、草原は春が来るまで雪原になります。冬の寒さは1月にピークを迎え、日中でもマイナス10℃を下回り、朝晩の気温はマイナス20℃やマイナス30℃なんて当たり前。広い大地は1年の半分近くが茶色い枯れ野原か白い雪原で、緑の草原が広がるのはほんの数ヶ月。夏でも寒暖の差が激しく、「1日の中に四季がある」と言われています。また、降雨が少ないため乾いた大地で穫れる作物の種類は限られており、夏は家畜から搾った乳製品、冬は家畜の肉を保存して食を繋いでいます。

なるほど確かに天の恵みの雨は少なく、モンゴルにはこんな迷信があります。「雨を運ぶ人は幸せを運ぶ」、つまり「職場や学校などで“新しい人”が来たときに雨が降ったら、その人は自分たちに幸をもたらす」と言われているそうです。

私が住む街は、首都のウランバートルから北西に400キロほど離れた、モンゴル第三の都市エルデネット。その街の大学で日本語講師として生活しているわけですが、私がモンゴル入りする際、赴任先の大学の同僚であるモンゴル人の日本語教師がウランバートルの空港までの出迎えと、ウランバートルからエルデネットまでの道案内をしてくれました。

で、ウランバートルからエルデネットまでの約6時間のバスの道中、ポツポツと小雨が降ったときのこと。日本から来たばかりの私には何のこともないただの雨だったんですが、そのとき、同行してくれたモンゴル人の先生がその雨を見て私にこんなことを言ったのです。「先生は雨を運ぶ人ですね」と。

高地だし、大地は痩せてるし、南へ行けばゴビの砂漠も横たわる。「便利や快適さ」を追い求めるわけでもなく、昔も今も変わることのない厳しい自然との共存を続けているモンゴルの人々にとって、大地に命をもたらす天の恵みはありがたいものなんだなぁ…と、モンゴルで初めての冬を過ごした今、そんなことを実感しています(私が本当に「雨を運ぶ人」だったかどうかは別として)。

と、そんなモンゴルですが、冬の一大イベントであるツァガーンサル(旧正月)が過ぎ、3月に入ってからは気候もいくらか穏やかになり、静かで退屈な冬がようやく終わろうとしています。雪も解け、大学の教室から見える丘でもちらほら放牧が始まって、春の足音がそろそろ聞こえてきそうな気配。暖かくなれば、空から降るのは雪ではなく雨になります(たまにしか降らないだろうけど)。

しかし、モンゴルには「4月の風は肋骨を吹き抜ける」という言葉もあるそうで、この時季に体調を崩す人が多いらしい。まぁ、冬の完全防寒から解放されて油断してしまうからだとは思いますが。なにはともあれ人々が待ちに待った春。そして行楽の夏ももうすぐそこ。モンゴルは今、心躍る春の高揚感に包まれています。

画像上右:寒さのせいでパンクやエンストは日常茶飯事。真冬のモンゴルではよく見られる光景です。
画像上左:冬は冷蔵庫いらず。大量の肉の塊も、外に出しておくだけで冷凍保存できます。
画像下右:草原のど真ん中のスポーツ公園は、冬の間、スケート場に変わります。
画像下左:モンゴル第三の都市エルデネットの中心部でも、荷馬車が堂々と走る光景は珍しくありません。


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