|
《300年の眠りから覚めて》
ビエンチャン市街の道路と排水溝を整備するために掘り起こされた土中(地下1〜3m)からランサーン王国(14〜18世紀)の遺物が大量に発見された。地元で焼かれた瓦器・土器を中心とする出土点数は140,345点。輸入された陶磁器のなかには伊万里焼(肥前焼)があった。仏像の頭部や肩、壺、スプーン、腕輪、城壁跡、寺院建築の基礎部分、井戸、集石土壙(どこう=墓穴)、道案内の文字がみられる石碑、指輪をして王冠をかぶった人骨も出土。また内部に装飾品等が詰まった銀製の容器(儀礼や装飾用か)、銅製のドラや石器(数千年〜1万年前のものか)、モン・クメール文化(9〜13世紀)の遺物等も出土した。
ビエンチャン1号線は、ラオス来訪者の大半が利用する友好橋(60%)と街の中心部とを結び、さらにワッタイ国際空港(12%)とを結ぶラオスの主要幹線道路である。この1号線の道路整備は日ラオ外交関係樹立50周年を記念して日本政府が資金協力(ODA無償)することで合意、整備が進められていた。埋蔵文化財の調査はこの道路整備事業の一環である。
2006年3月、旧市街地を東西に走るサムセンタイ通りとセタティラート通りを中心に全長約10kmのトレンチ調査(断層の断面を見るため細長い溝を掘って行う調査)として始められ、今年に入ってからも文化財の調査と発掘、保存作業が続けられていた。道路整備の工期完了にともない、先日(2007年12月10日)、市内のファーグム公園にて引渡しのための記念式典が催された。式典にはブアソン首相と宇野外務副大臣がそれぞれ両国を代表して出席した。
《伊万里焼を囲む食卓も》
ランサーン王国はラオ族による初の統一国家で、14〜18世紀、メコン河の水運を利用してインドシナ半島内陸部における交易の要衝となり栄えた。中国、ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマーのほか、日本の陶磁器も当地にもたらされた。今回発掘された日本の陶磁器(片)は101点で、輸入陶磁器(片)全体の2%を占める。
ときに食卓に伊万里焼(肥前焼)を囲んで、日本というまだ見ぬ異国の地について、そこに住むという人のその暮らしぶりについて、あることないこと夜通し語り明かしたなんて日があったかもしれない。17〜18世紀にかけて、徳川幕府に長崎出島での交易を許されたオランダ東インド会社などの商船が日本の陶磁器を買い付けて、琉球、ホイアン(ベトナム)、クメール(カンボジア)、シャム(タイ)を経由するなかで、陶磁器の一部が商人の手を経てランサーン王国に伝わったとみられる。瀬戸の陶磁器も発見されたが、これは時期がやや下って19世紀後半〜20世紀のものと推定されている。
《ラクムアンの発見》
今回の発掘調査でおそらくもっとも注目されるのは「ラクムアン」の発見である。ワットシームアン(寺院)近くで発見された。縦179cm、横125cm、深さ60cmの穴の中に193個の石(一部は破片)が埋納されていた。ほとんどが白く柔らかい砂岩でつくられているが、石質からチャンパーサック、ルアンナムター、またはシェンクワンあたりから運ばれてきた石が含まれると考えられる。バイセーマ(寺院の周囲にめぐらす壁にみられるスペードの形をした儀礼用の装飾品で神聖な空間を仕切るもの)に成形された石や、卵形の自然石が含まれるが、すべてに金色か赤の塗料でペイントが施された形跡があった。
「ラクムアン」とは国あるいは都市、町、村に置かれる礎石のこと。ラオス情報文化省によると「ビエンチャンの礎石」なる伝承があり、1560年にセタティラート王がシェントーン(現ルアンパバーン)からビエンチャンに王都を移した際に、地方の郡(くに)から石が集められ奉納されたという。すなわち新都ビエンチャンの設立を示すもので、同時に新都の勢力範囲を示すものといえる。
ただし、発見された石の一つに惑星の位置を示す刻印があり、解読すると1540年に相当するので、シャムとの戦いの戦勝記念に関係するのではないかという説も出ている。ちなみにラオス政府は2010年までに「ラクムアン」発見の場所に高さ23mの記念堂を建設して、出土品を展示する計画を立てている。
《遺物の一般公開》
今回出土した伊万里焼(肥前焼)の陶磁器(片)を含む各種遺物の一部がラオス国立博物館で公開されている。
開館時間;月曜〜金曜 8時〜12時、13時〜16時(土日と祝日は休館)
入館料;10,000キープ(約125円)
アクセス;サムセンタイ通り、ラオプラザホテル隣り
画像上右:出土した人骨=式典で展示された写真パネルより=
画像上左:ブアソン首相(左)と宇野外務副大臣(右)。ファーグム公園(ビエンチャン)にて。
画像下右:伊万里焼(肥前焼)の皿や茶碗など。棒尺;10cm=画像;小日置晴展氏=
画像下左:ラクムアン(礎石)。シャムとの戦いの戦勝記念に関わる遺物の可能性もある=画像;小日置晴展氏=
【謝辞】本稿は、プロジェクト埋蔵文化財調査主任の小日置晴展氏(国際航業株式会社)にうかがった話を元に、清水奈穂氏の論文「Trade Ceramics Recovered from the Old City of Vientiane」『東南アジア考古学』27号(2007)とラオス国立博物館の展示資料を参照してまとめました。小日置さんにはご多忙中にもかかわらず、長時間にわたるインタビューを快く受けていただきました。ありがとうございました。
|