■牧歌的で、パラグアイの伝統を残す街・コンセプシオン 2006.8.15 update

北部の中心都市コンセプシオン市、牛馬が闊歩する牧歌的な街で、パラグアイの伝統を色濃く残しています。「パラグアイの観光に対して可能性は…」という質問を受けた時には「パラグアイらしさが観光資源」と答えています。他のどの南米の国とも異なる文化習慣、レトロな雰囲気でどことなく懐かしい雰囲気がパラグアイにあり、多くの外国の方に体験して欲しいと考えていますが、国内の都市の中で一番「パラグアイ」なのはこのコンセプシオン市であると思っています。

コンセプシオン市はパラグアイ河に面した港町として、北部パラグアイの中心都市として古くから栄えて来た都市です。またこの街を中心とするコンセプシオン県は行政上、第1県となっており、歴史的に重要であったことが伺えます。県の範囲は非常に広く、東部パラグアイの中でかなりの部分を占めています。北はブラジル、西はパラグアイ河になっています。近年、アスンシオンへの道路が完全舗装され(410キロ)交通の便は格段に良くなりました。

同じパラグアイの田舎と言いましてもイタプア県等の南部、アルト・パラナ県等の東部とは全く異なる雄大かつ広大で素朴な風景が広がっています。コンセプシオン市はパラグアイ河に面しており、水運が交通の中心であった時代にはアスンシオンと共にパラグアイの中核都市であったそうです。

街はよく計画されて出来た都市のようで中心には幅の大きな大通りがあり、道路が等間隔に交差しています。陸運が中心となった現在、ブラジル、アルゼンチンなどの国境部が繁栄しそれに対してコンセプシオンは次第に時代に取り残されるようになりました。コンセプシオン市が発展しなかったもう一つの理由は伝統的に野党・青党の支持者が多く、現在に至るまで50年以上にも及ぶ赤党政権から冷遇されたからだそうです。反対党の地盤であるこの地は疎んじられインフラ基盤の整備などは全く行われませんでした。

街を歩いていても確かに「青党」の宣伝、シンボルの青い旗をよく見かけます。陸路でアスンシオンからコンセプシオンに行く場合パラグアイ河に沿った街道は無く、かなり迂回して国土の中央部を通過して行くしかありません。それもかなり最近になりようやく舗装されたそうです。長い間、陸の孤島となっていました。

1999年の10月にチャコ経由の道路が全線舗装され、アスンシオンからチャコ経由で約5時間程度で行けるようになりました。またコンセプシオンからブラジル国境にある北部のもう一つの中心都市であるペドロ・ファン・カバジェロまでの道路が2000年初頭に全線舗装され、コンセプシオンは今まさに変化の時を迎えています。

街の人口は約8万人、南部の中心都市・エンカルナシオン市とほぼ同程度の街で、パラグアイの中では大都市と言って良いと思います。エンカルナシオン市は国内随一の穀倉地帯であるイタプア県にあり、周囲には豊かな畑(小麦・大豆)が広がり、日本、ロシア、ウクライナ、ドイツ、ベルギーなどからの移民が多く住み、多民族都市という感じですが、このコンセプシオン市は長年このパラグアイで暮す人々の子孫がほとんどで外国系新移民の姿はありません。街を歩いているとアスンシオン、エンカルナシオンではほとんど注目されることはありませんが、東洋系がよほど珍しいようで注目を集めます。久しぶりに「外国に来た、自分は外国人」という気分を味わいました。

中心街を歩いてみますと、ほとんど高い建物が無いのと、どの建物もかなり古いのです。市の中心部は高い建物は無く大都会のような賑わいはありませんが、街の市場は活気がありました。農作物を始め色々なものを売っています。また自動車がまだまだ少なく、アスンシオン等では駐車するスペースを探すのが困難なのに対してコンセプシオンでは全く問題がありません、どこででも駐車が可能です。市民の交通手段はバイク、自転車そして馬車のようです。アスンシオンと比較すると二輪の割合が多いのが特徴のようです。

中心の道を一歩入るとそこは土道で、百年以上経過したような建物が建っています。そこをゆっくりと馬車が行きます。このような景色を見ていると現在が21世紀であることを忘れてしまいそうです。住宅街は静かで落ち着いた雰囲気、そこを混然と自動車、馬車などが行き交います。本当にのどかな景色でアスンシオンも昔はこのような感じかな?と想像してしまいます。

ホテルで宿泊していると20人くらいの団体が宿泊していました。英語で話しているのでどこから来たのか尋ねると英国から来たとの返事、聞けば南米一周ツアーでブラジル・パンタナルからここに入ったのだそうです。忙しい日本の南米ツアーではこのコンセプシオンに立ち寄るツアーなど全く考えられない事だと思います。昔に戻ったのどかなこの街に英国の観光客も満足そうでした。純粋に古いパラグアイが残っているのでここに来る観光客は今後増えて行くことでしょう。

コンセプシオンの人に「ここは観光資源に満ちている」と話をすると非常に不思議そうな顔をしていました。彼らにとっては古臭い、当たり前のものばかりで面白くも無く、何も無いと映る様なのです。また歴史を感じさせる建物が数多くあります。カテドラル、学校など見物しましたがなかなかのものです。コンセプシオン市はよそ者が少なく、現在でもよく「パラグアイ」らしさを残しています。また非常に治安が良いそうで、今でも暑い日には外で寝る人も居るのだそうです。アスンシオンでは過去になってしまった古き良き「パラグアイ」をここで見る事が出来ます。

また、街を歩いていて街頭書店の様子がアスンシオンとはかなり違うのに気が付きました。アスンシオンでは雑誌が中心で書籍は置いていないのですが、ここで非常に太ったおじさんが営業している露店を見てみますとほとんどが書籍、それもかなり内容のある歴史書、専門書などを置いているのです。また以前は鉄道があったそうで、1909年に開通し、50年間、1959年まで使われていたそうです。現在は街の中心部の公園に機関車等が展示されています。一般の観光客は勿論、若い人達、バックパッカーに訪問して欲しいものです。

画像右上:コンセプシオン市の様子。高い建物はほとんどありません
画像左上:街を走る馬車
画像右中:駐馬場で客待ちする馬車
画像左下:市場の様子
画像右下:市民の交通手段はバイク、自転車そして馬車
画像右下:1909年開通、1959年まで使われていた汽車


<<もどる