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パラグアイの中央に位置するグアイラ県は1570年に設立されたパラグアイの中では非常に歴史のある町です。ヴィヤリカは「VILLARRICA」と綴ります。VILLAは「町」という意味そして RICAは「豊かな」という意味です。
最初は現在 のブラジル領内にあったそうですが、ブラジル側の開拓者に押される形で次第に内陸に移り、引越しを繰り返し現在のヴィジャリカが7番目でようやく落ち着いたのだそうです。これだけ引越しをした町というのは世界でも珍しいのではないでしょうか?
1960年代にエステ市とアスンシオン市との間の東西を結ぶ幹線道路が開通しました。この道はヴィジャリカの北40キロほどを通過し、南北の幹線と交差するコロネル・オビエド市が急速に発達し、内陸部の交易の中心として栄えていますが、それまではこのヴィジャリカが鉄道もあり、交易の中心都市でした。現在鉄道は運行を停止したままになっており、道路も幹線から支線に入り回り道して行くしか無い状態となり、国内全体の交易の中心都市の機能は失われています。
ヴィジャリカの在るグアイラ県はパラグアイの他の主要都市が国境と比較しますと大きな違いがあります。それはアスンシオン、エンカルナシオン、エステ市などのパラグアイの都市の多くは国境付近にあり、アルゼンチン、ブラジル等の経済状態、政策に大きな影響を受けるのですが、内陸都市のヴィジャリカはグアイラの集散都市として発達して来ましたので近隣諸国の影響は受けないと言います。
グアイラ県の主要産物であるサトウキビ、ぶどう等の果実、そして綿などが一年を通じて取引されており、他の都市のように経済的に浮き沈みは無いようです。面積は国内の県の中ではかなり小さい県で、日本の小さい県程度の広さしかありません。
また大きな特徴として自分たちは「グアイラ人」という意識が強く、多くの人がこの土地で生まれ、育ち生活しているという事です。他の都市のようなよそ者が余り居ないのでモラルが高く、治安も良いとの事です。確かに町を歩いている人の様子は非常にのんびりとしています。
現在、パラガリ-ヴィジャリカの幹線道路が建設中で、最近開通した国道一号線のバイパスとして出来た南アクセス道路を利用するとアスンシオンと直接結ばれる事になります。また南部の中心都市であるエンカルナシオンまでの舗装道路が完成しますと再び国内の交易の中心の街としての機能が復活し、活性化が期待されています。
アジア系の人はほとんど居ないそうで、以前、数家族の韓国系・中国系の方が住んでいたそうですが、今は全く居ないそうです。また日本人は協力隊員だけなのだそうです。しかし実際に訪問してみますと町の傍には山があり、雰囲気は何となく日本に似ていて日本人に非常に向いているという印象を持ちました。
また、ドイツ人が多くこの地に入植していて、近郊のコロニア・インディペンデンシアには多くのドイツ系の方が住んでいます。話を聞きますと最近移住されて来た人も多いようです。土地が豊かで、治安も良くのんびり安心して住む事が出来るので人気があるのでしょう。
パラグアイを訪問しますと多くの方がどこに行っても同じような景色と言いますが、このグアイラ県そしてヴィジャリカを訪問されますと印象が異なって来ると思います。日本の方にも是非訪問していただきたいですね。
画像1段目右:のんびりとしたヴィジャリカの町
画像1段目左:馬車タクシーも健在
画像2段目右:歴史を感じさせる教会
画像2段目左:ヴィジャリカはサトウキビの集積地
画像3段目右:ヴィジャリカ近郊の風景
画像下2枚:ヴィジャリカ近郊の農場 |