|
アスンシオン市とその周辺にはおおよそ2千人くらいの日本人・日系人が暮らしています。多くの日本人は戦後まだ貧しかった時代に農業移住され、その後アスンシオンに出て来られた方達です。パラグアイ社会に溶け込む一方で、日本での習慣も大切にして来ています。運動会もその一つで、日本人会会員のレクリエーションと子供達への教育の一環として、1970年に始まり現在まで続いているのだそうです。
日本人会・日本語学校運動会という名称で行なっている通り、日本人会員と日本語学校の合同運動会という事になります。ただ、子供の比重が大きいので、どちらかと言いますと学校の運動会という雰囲気で、参加者は生徒とその父母が多数を占めているようです。アスンシオン日本語学校の他には他の日系学校であるアスンシオン日本人学校と日本パラグアイ学院の生徒達が招待されています。
運動会は毎年6月に開催されます。パラグアイでは冬の季節で、この日も少しひんやりとしており、日本の秋のような日和でした。朝8時半、まずは全員で「ラジオ体操」です。小さい時の記憶では第一、第二と二つの体操があったように思うのですが、当地で行なわれるのは常に第一で、お馴染みの軽快な音楽に合わせて全員で体操です。そして日本人会長、来賓の挨拶があり、選手宣誓、紅白選手代表が前に出て「正々堂々戦う事を誓います」と力強く宣言、勿論全部日本語です。
競技の内容は日本の伝統的な運動会そのものです。玉入れ、綱引き、徒競走、リレーなどの競技を紅白に分かれて競います。運動会というのは小さい時には余り深く考えませんでしたが、確かに日本の文化である事が当地ではよく理解出来ます。競技は年々工夫が凝らされており、毎年新しい競技が登場します。今年は「移動玉入れ」なる競技がありました。これは「オニ」に当たる生徒が籠を担いで走って逃げ、そこに相手の選手達が玉を投げ込むというものです。
父母・会員向けの競技も色々工夫されています。以前は参加を呼び掛けても少ない場合が多かったのですが、今年は声を掛けますと多くの方が参加されました。パン喰い競争、ムカデ競争などの他、ゲートボールを使ったゲートくぐり等が父兄会員参加で行なわれました。
紅白に分かれての競技で生徒達は得点に一喜一憂します。そしてメインエベントとなる最後の競技はリレーです。アスンシオン日本語学校の生徒の各学年の代表が出て競うのというものです。最初は幼稚園児、小学校低学年、高学年、中等部、高等部と繋いで最後はお父さん代表がアンカーを務めるというもので、参加者も多く応援の方の盛り上がりも最高潮に達します。そして結果は今年も昨年に続き紅組の勝利となりました。
日系人の中には現地の方と結婚するケースが増えており、父母には非日系のごく普通のパラグアイ人も多く居ます。当地にはサッカー競技を行う等のスポーツ大会のようなものはありますが、このような運動会は見たことも無く、最初は皆さん戸惑いますが、多くの方は気に入ってしまい、運動会のファンになってしまうようで、皆さん積極的に競技に参加されていました。
日本文化と言いますと能や歌舞伎、茶道・華道などがまず頭に浮かびますが、意外にこのような身近なものの中に外国の人に日本を理解してもらえるものがあると再認識しました。日本風の運動会を世界に広めて行くのも日本を知ってもらう上で効果があるのかも知れませんね。
-文中の画像-
画像上右:日本人会・日本語学校運動会々場
画像上左:開会式
画像中:紅白選手代表が前に出て力強く宣言
画像下左:“うんどうかい”入場門
画像下右:昨年に続き紅組の勝利に終わった
-----------------------------------
 
 
画像:競技内容は日本の伝統的な運動会そのもので、玉入れ(左上段)、綱引き(右上段)、パン喰い競争(左下段)、そしてムカデ競争(右下段)など。 |