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キリスト教の聖人の中では特別に誕生日を祝うのが、「聖ヨハネ」の誕生日である6月24日です。これは母の胎内にあるときからすでに聖霊に満たされていた、すなわち原罪からの救いを受けていたと言われているからだそうです。この為、洗礼者ヨハネと呼ばれる事もあります。
また、イエス対しても最も影響を与えた存在とも言われており、ヨハネとの接触を通してイエスはご福音とそれを宣べ伝える使命とに目覚められたとされ、キリスト教の聖人の中でも独特の地位を占めているようで、強い信仰の対象として敬われて来ました。聖ヨハネの名にちなんで命名されたものは数多くあり、現代では教会を始め、慈善団体など、また歴史上有名な中世欧州の騎士団にもこの名があります。
そして、丁度キリストの誕生日とされる12月25日と半年違いになっています。色々な説があるのでしょうが、それぞれ冬至と夏至と重なっており、元々は一年で一番太陽が輝く夏の日を祝うという節分的な要素もあったのだと想像します。パラグアイは南半球の国ですので、この日は冬至の季節と重なり、これから毎日少しずつ昼が長くなる、季節的には丁度北半球のクリスマスの日に相当するので大きな祭りが行なわれるのだと思います。
聖ヨハネはスペイン語では「サン・フアン」となります。日本でサンフアンと言いますと、まずはカリブ海に在る米国領・プエルトリコの首都を思い浮かべる事でしょう。この街サンフアンも聖ヨハネの名に由来するという訳です。スペイン語圏のラテン・アメリカにはこの地名は他にも多くあり、パラグアイではミシオーネス県の県庁所在地がサンフアン・バウチスタ(洗礼者・聖ヨハネ)と呼ばれています。
サンフアンの祭りは24日を中心に各地で行なわれ、伝統的な踊り等が披露されます。サンフアンの日が今年は日曜日となりアスンシオン市では市長も参加されて、前日の23日・土曜日午前中、イベントが行なわれました。大きなテントを張り、その前を舞台として、椅子を並べ後は立見席という訳です。多くの市民が見物に訪れていました。
会場は英雄広場の一角で、テントを張り、椅子を並べて見物出来るようになっています。英雄広場は、市内の中心に位置しており、周囲は大きい建物が並んでいますが、広場だけは緑が多く都心のオアシスといあった存在です。ここにはパラグアイでは最も神聖な英雄廟(パンテオン)があり、パラグアイの為に戦った聖霊が祭られています。
勿論、市民の祭りですので入場料は無し、出入り自由となっており、多くの人が覗くように見物していました。お祭りと言いますと日本では色々な屋台が並んでいるのですが、当地でも同様に食べ物屋さん、そして民芸工芸品が並んでいました。人気はやはりエンパナーダです。これは大型の餃子を揚げたようなもので、中には肉と野菜が詰まっています。屋台の裏側で揚げていました。
さて、出し物の方ですが、伝統的な踊りが多く、最初は可愛らしい子供達の踊りです。壷を頭に載せて踊るというもので、これが瓶ダンスの原型のようです。少年少女がペアで踊った後は青年が登場です。かなりのレベルでした。そして最後はそれまで見物をしていた人達が参加して一緒に踊ります、この辺りはさすがに楽しむのが上手なラテンの人達ですね。
画像上段右上:会場は英雄広場の一角で、テントを張り、椅子を並べて見物出来るようになっている。
画像上段左上:食べ物、民芸工芸品が並ぶ屋台。
画像上段右下:屋台の裏側では、人気のエンパナーダを揚げていた。
画像上段左下:子供達の壷ダンス
画像下段右上:少年少女のペアのダンス
画像下段左:青年のダンス
画像下段右下:最後は観客も参加して一緒にダンス
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