■人生観を変えるアルゼンチン北西部の旅 2007.10.16 update

アルゼンチン北西部の旅はアルゼンチン観だけでなく、人生観、価値観まで変わってしまったのではないかと思うぐらい強烈な印象深い旅である。南部のパタゴニアも素晴らしいし、やや北のイグアスの滝も世界三大瀑布のひとつであるが、ブラジル寄りでジャングルである、それらの場所とは全く違う景色と生活様式と人々が住んでいる。

アルゼンチンは世界中の六大陸の自然が一度に見ることができるお徳な国であるが、北西部の景観は、どことも比較しようがないのではないだろうか。たまにグランドキャニオンと比較されるが、全く違うと思う。だからこそ、紙面をさいて、じっくりご紹介したいので、パート2をお送りする。

ここは乾燥している大地のようで、また高地である。夏はものすごく温度が上がるが、やはりさらに高く上れば、寒くなってくる。食べ物もアルゼンチンの料理と違い、限りなくボリビアやペルーに似たアンデス料理やリャマの肉など珍しい。人々も素朴であり、ここでは、大きな声を出したり、おしゃべりは美徳に反する行為である。市場などでカメラを向けるとさぁーと逃げてしまう人達がまだいる。魂を奪われると思っている人が多いのだ。

隣国まで続き、かつ海抜4,000m以上の山の中を走っていた鉄道があった。その後、“雲への列車”(Tren a las Nubes)として観光名物化したのだが、地元の人達が現金収入を得るため、国内外の観光客に物を売りに来るのだが、止まる駅、止まる駅で、ふと見ると同じ顔を見かけるのだ。モンゴル系の顔をしているので間違いにくい。私達はゆったりとした列車の旅なのだが、彼らは山の斜面を簡単なサンダル履きで走ってくる。赤ん坊連れだって同じことだし、運がよければ落っこちそうなぐらいたくさんの人が乗っているおんぼろトラックで移動してきていたのだ。それも終点の、4,000mの高地サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスまで。

ちなみに、この町は鉱山が発展することによりできた町であり、写真で“雲への列車”を有名にしたポルボニール鉄橋がある。ここまで来ると、もう列車の下には雲が見える状態である。。。とは、言っても実はこれは2年前までの話。2007年現在、この雲への列車は運行していない。いまだに観光ガイドブックに載っているはが、サルタ州でも先月落札企業が決まったばかりで、早期再開が待たれる状態である段階である。アルゼンチンでは期限は守られたことがないものであるから、10月再開と言われてはいたが。。。

この“雲への列車”に伴走するように走っていたモビトラック(Movi Track)も、“雲への列車”がないと、寂しいという。「雲へのサファリ」ツアーは、“雲への列車”と同じコースを取り、一部の駅では一緒になるので、基本的には走行する“雲への列車”を眺めるのに適している。このモビトラックは、サルタの景色や人々にほれ込んだドイツ人のカップルが、1991年に、特別注文してブラジルで製造させた高山向けオープンカーである。20人の定員に英語も話せるガイド(というより、エンターテーナー!?)が付く。

早朝から出発なので、途中の駅で朝食をとることになるが、驚くのがこのトラックはマルチユーズぶり、席からテーブルが出て、食堂車に変身! そして、各種の飲み物など、きれいに収まるように設計されているのだから、驚きである。そして、最終地点のプーナと呼ばれる高山地帯で荒涼とした景色を見ながら、昼食をとるのは最高!であり、そこをビクーニャかグアナコ(いずれもアルパカやリャマと近縁の野生動物)が通れば完璧である。

北部の人達の生活ぶりに心を動かされ、それでも元気で澄んだ目の子供達に本当の幸せとは何かを考えさせられ、普段の生活から全く違う、景色、様子を見て過ごし、高地でちょっと心臓がどきどきして、心があらわれるような気がする。ふと悲しくもないのに、泣きたくなる感じにさせられることもあり、精神的にリフレッシュされるアルゼンチン北西部への旅、是非、お勧めしたい。

-文中の画像-
画像上右:以前は、こうやって列車の窓から外を見て、素晴らしい景色に点々とお土産を売るために次の駅に走る人々が見られたものでした。
画像上左:有名なポルボリージャ鉄橋。ここは標高4,200m。
画像中右:モビトラックのカラーはとってもこの大地の景色に合う。
画像中左:「雲へのサファリ」ツアーの景色。
画像下右:終点の、4,000mの高地サン・アントニオ・デ・ロス・コブレス。鉱山で発展した町だ。
画像下左:サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスに着いた。早々に子供達が危険を顧みずトラックの横に駈け寄ってくる。
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□「雲へのサファリ」ツアー

画像左:モビトラックの上部は開き、風と一体になれる。
画像中:でも、寒いのでポンチョという上っ張りは必需品。これも貸してもらえます。
画像右:ひょうきんなガイドさんでした。英語も堪能。
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画像左:標高2,111m、夜明けに最初の駅「チョリージョス駅」。ここで休憩して朝食を取る、しかし、“雲への列車”が走ってないのにこの駅に立ち寄ってもあまり意味がない。。。。列車が運行していれば、この近くでくねくねと高山を登る様子が見られたのに。。。
画像中:朝食をとる筆者。その写真撮影に突然乱入してきたアルゼンチン人。トラックの中でちゃんとテーブルが出てくる。
画像右:トラックで供される朝食。クロワッサンはアルゼンチンではメディアルーナと呼ばれる。「半月」という意味である。高地で食べたからか、16年間のアルゼンチン暮らしで一番おいしかった。
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画像左:くねくね道の両側には巨大サボテンが生える岩肌の道。石が跳ねる舗装されていない道が続くこともあるので、北部でフロントガラスが全く割れていない車を探すのは難しい。すぐには取り替えないのだから。
画像中:サンタロサデタスティルという村で途中休憩。ここには博物館がある。
画像右:博物館。小さいが展示品はきれいに整頓されている。
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画像左:こういう土葬された人のミイラが残っている。この辺はインカ文明の影響もあるが、それよりも古い民族がいたのだ!
画像中:民芸品を売る場所がある。
画像右:この地域の乗り物はリャマであり、家畜の代表であり、身近な動物。なので、伝統的な絵柄のセーター。リャマ毛で折られているものもある。
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画像左:ビクーニャかグアナコは顔が黒いかどうかで分かる。これはビクーニャであり、この毛はとても高級である。
画像中:サルタ州最終地点はプーナと呼ばれる高地地帯。何もないこの風景がしばらく続く。
画像右:サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスにようこそ!と街の上の山に書かれている。
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画像左:荒涼としたサン・アントニオ・デ・ロス・コブレスの町並み。
画像中:サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスの子供達。
画像右:物売り。手には自分で作った民芸品が。
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画像左:立っていて気づくと物売りの子供が。。。
画像中:こんな風に正面向いてもらうには、何かを買ったり、チップが必要。そのために、大勢の写真撮影はできない。。。
画像右:標高が高く、気圧が低い。乾燥しているのでアメをなめようとしたら、袋がこんなに膨らんだ!
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