■今年は選挙のアルゼンチンの結婚式年 2007.8.21 update

アルゼンチンの結婚式は、通常週末の夜に始まる。その理由は、エンドレスパーティがあるから!である。時間の観念が違う国なので、教会に8時においでくださいとあれば8時半に、8時半とあれば9時と、だいたい30分遅れで考える。

式は一般に1時間程度。厳かな白いウエディングドレスの式は、以外に神父様のジョーク交じりの夫婦とはこうあるものという訓示で終わるので、楽しい。そして、最後に教会で神の前で夫婦の誓いをしたという議事録に署名をするのだが、なぜかいつも、ペンがなくて、来賓がこれを使ってください、と差し出すことになる。新郎新婦はもちろん、日本の仲人にあたるマドリーナとパドリーノも署名をする。

その後、新しいご夫婦のご挨拶として、別室で来賓にご挨拶する。なお、教会は公共の場であるので、この挨拶までは一般の人たちも、教会に来たとおりがかり上、式に“列席”していたりするので、旅行でアルゼンチンを訪問していても、週末に教会に行けば結婚式を見ることができるかもしれない。

画像左:教会で式が終わった後、皆で神父様の前で神に誓ったと議事録に署名。ちなみにアルゼンチンでは法律的に再婚は可能であるが、教会での結婚は一度きり。
画像中:挨拶。頬にキス、抱きついては普通。
画像右:幸せな新郎新婦、ブラスさんとマリアさん
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その後、披露宴に招待されている人のみ、会場に向かう。人間関係で、普通程度であれば、この教会の招待券しかなく、小さなカードの披露宴招待状がなければ次に入れてもらえない。しばらく、新郎新婦を待つためのカクテルパーティがあり、二人が登場するのはそれから1時間近く後である。というのも、二人の記念写真を撮っているからである。

画像左:披露宴で待っている招待客。右は私、その隣は新婦のおばさん。
画像中:遠方から来たお母さんと妹さん。実はペルー出身。
画像右:スポットライトを浴びて新郎新婦入場。
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新郎新婦が披露宴会場に登場するやいなや始まるもの、それがワルツである。最初は二人が、その二人を祝福する親戚、友人が、それぞれ、ペアとなり、踊っていく、しまいには誰彼となく踊っている・・・。余興でバンドが招待されていたり、手品師が出てきたりするので、ディナーのメインを食べているのは午前0時半ぐらいになっている。

画像左:まずは新郎新婦二人のワルツから。そのあと、皆で新婦を取り合いワルツ。
画像中:夜中の11時半に、ようやく前菜(チーズとサーモンのサンド)。
画像右:主菜(ステーキとポテトサラダ)は、午前0時半近く。
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日本のような来賓挨拶などは全くない。逆に、新郎新婦が各テーブルに回り、出席のご挨拶をする。食事が終われば、終わるかと思うと違う、一般の余興以外に盛り上がるのは、このリボン付ケーキの登場である。基本は独身女性が集まって引き、リングがついているリボンを引いたら次に結婚する、というブーケ投げのようなものである。

画像左:着物姿の私は人気者、皆で記念写真。左の男性が、アルゼンチンの五木ひろし的歌手ビクトル・エレディア。その隣は奥様。
画像中:皆でリボンを取るケーキ。その結果。。。。リボンの先に秘密が。。。
画像右:新婦がとっちゃったが、この指輪がついていれば次に結婚するという余興。
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それでもう、午前3時すぎなので、もう佳境に入り終わるかと思ったら、私が行った結婚式は有名人関係であったので、当地の三大有名歌手がそろってしまい、歌の宴が始まってしまった。この時間に声が出るこの人たちに感服しながら、歌が終わるとようやく帰る人が出てきた。

なお、5歳ぐらいから12歳ぐらいの子供も連れられていたが、この間、会場を元気に飛び跳ねているのみ。寝ていたり、ぐずっている子は誰もいない。

画像左:歌が始まる。新婦のマリアさんは、アルゼンチンの美空ひばり的存在、メルセデス・ソーサのアシスタントをしているのだ。
画像中:右から、ビクトル・エレディア、レオン・ヒエコ、メルセデス・ソーサ。三人で歌う。歌も素晴らしいが、午前3時半に声が出るのもさすがだ!
画像右:踊るお姉さんに混じって、子供は元気に飛び跳ねていた。
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午前4時でようやく、スーベ二―ルと呼ばれる引き出物が配られる。立派な式でありながら、要は“来てくれてありがとう”を意味する引き出物は小さな物であるが、手作り感がある。そして、スイートテーブルが開かれ、究極のデザートが並ぶのだが、まだ食べるのはいくら甘いもの好きの私でも信じられない。

しかしながら、宴はまだまだ続きディスコパーティに突入、半分以上は帰ってしまっていたが、それでも、変わりなく、新郎新婦なく、老若男女混じって踊りまくる。私はいい加減に疲れて4時半すぎに失礼することにしたが、ちょうど、ピザが配られ始めるところであったため、おそらく朝の6時半ごろまでは続いたであろう。

画像左:乾杯をテーブルごとに。のりのいい13番テーブル。何と私は7番デーブルであったが、行ったら満員であったので、披露宴難民になりやっとここに。新婦のおばさんも席がなかったのはどういうことか不明であるが、これがアルゼンチンである。そして、皆、温かく受け入れてくれた。
画像中:デザートのチョコケーキとシャーベットが来たのは、深夜もうんと回ってから。。。
画像右:信じられないが、踊っている人々の横でビザのサービス。。。私はここで退散した。。。偶然300メートル先に住んでいたので、歩いて帰ることがきた(午前5時ごろ。。。)

【短信】ブエノスアイレスに89年ぶりに雪が降ったのは、ちょうどこの日7月9日でした。素敵で寒かった。。。忘れらない日になりました。


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