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アルゼンチンの独立記念日は、7月9日。5月25日の革命記念日と並び、アルゼンチンでは動かない祝日。即ち、その日に祝う重要な国家の祭日である。今年は日曜日に当り、しかもワールドカップの決勝戦の日となったため、アルゼンチンではさらなる国家記念日となるはずの、アテがはずれてしまった。しかしながら、このおめでたい日に生まれたアルゼンチンの有名人がいる。
ラテンアメリカの「美空ひばり」と呼ばれるメルセデス・ソーサである。音楽好きならご存じだと思うが、フォルクローレという南米民族音楽のジャンルを超えて、いまだに現役で欧米でもコンサート活動をしている偉大な歌手の一人である。日本では、1970年代に二度招請されて公演を行っている。
フォルクローレというのは、簡単に言えばフォークソングであり、南米の演歌である。人生模様をテーマに歌うが、メルセデスの代表曲は、「グラシアス・ア ラ・ビーダ」(人生よありがとう)は最高にノスタルジックであり、歌詞の内容は奥が深く、そして、彼女ののびやかな歌声にぴったりあう。
1935年、アルゼンチン北部のフォルクローレのメッカ、トゥクマンで生まれたメルセデスは、15歳のときから地元の歌唱コンクールで優勝し、その才能が開花。20歳でアルゼンチンの紅白歌合戦的コスキンフフォルクローレフェスティバルで注目され、スターダムにのしあがる。1970年代の軍政は人生を大切に思い人として生きることが反政府主義的なため、ヨーロッパに亡命を余儀なくさせられる。もちろん数年後、復活し、数々の功績から、ラテングラミー賞も受賞。国内の重要な賞を総なめとした。
ここ2年ほどは病気がちであったが、それもかなり克服。少しずつ、今年は劇場でのコンサート、ホテル内でのミニコンサートなど、昨年のコラソン・リブレ(自由な心)という新作を出してから、活動を再開しつつある。
私が彼女を最初に生で聞いたのは、10年以上前、ブエノスアイレス市主催のレコレータ地区野外特設劇場での無料コンサート。舞台は遠めながら、しっかりと歌声を聴くことができた。歌の内容もよく、歌詞をはっきり歌うので、スペイン語の勉強にもさせてもらうため、多くのCDを聴いた。その後、縁があり、今年は何と誕生日パーティに招待してもらった。自宅で内輪だけのものであるが、有名人も、もちろん出席。場違いかと思って、すみに引っ込む度に、メルセデスが私を呼んで何かと話題にしてくれるので、とうとう常に隣に座っている始末であった。
71歳。トレードマークのおかっぱと、ゆったりしたワンピース一枚をまとうスタイルは昔から変わらない。歌声も、年齢を加え、深みが加わり、今でも週に二回は歌唱のレッスンを続けている。日本に行ったときに教えてもらったと、「愛する人に歌わせないで」という曲(作詞作曲:森田公一/歌:森山良子)を、もちろん日本語で歌ってくれるが、ちょっと歌詞を忘れたから今度書いておいてと頼まれたので、ご招待のお礼に、次の日早速調べてもらったのをお届けした。
-文中の画像-
画像右上:カンタータ・スダアメリカーナ(1972) CDの表紙。
画像左上:上記CDの表紙に使われたオリジナル絵。メルセデス・ソーサのマンションの玄関を飾っている。
画像右中:ケーキの前に座るメルセデス・ソーサ。お誕生日ケーキは、当地のグルメTV番組シェフからのプレゼント、すばらしい出来映えです。右は息子のファビアン、左はパーソナルアシスタントのマリア。
画像左下:スペイン語俳句詩にこっているギタリストの歌詞を歌う。生歌です。
画像右下:画家から贈られたメルセデスのイラスト(トレードマークのおかっぱと、ポンチョ)71歳のお誕生日に。。。
 
画像左;お誕生日ケーキ。これもグルメTV番組のシェフから。、、、ここまで行くと、もはや芸術品です。
画像中:トゥクマン風エンパナーダ(ミートパイ)がパーティのメインディッシュ。トゥクマンは彼女の出身地。
画像右:メルセデス・ソーサ(愛称はネグラ)と一緒に筆者。
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