■国境の町ポイペトから見えてくること 2006.2.20 update

ここしばらくの間、いろいろな機会にめぐまれてカンボジア北西部に位置するタイとの国境の町ポイペトを数回訪れました。僕が住んでいる首都プノンペンからポイペトまでは、長距離バスに乗って国道5号線を北上していきます。時間にして8時間程度(途中休憩を含む)の旅で、途中、ウドン、コンポンチュナン、ポーサット、バッタンバン、スヴァイシソポンといった町を経由します。

旅行ガイドブックはポイペトを「見るべきところはなく、治安も不安定なので滞在せずに通過した方がいい」という視点で紹介しています。ポイペトを紹介すらしないガイドブックもたくさんあります。確かにポイペトは「観光地」ではないため、旅行者の興味を引きつけるようなものはほとんどありません。ですが、カンボジアという国が抱える問題を知ろうとする人にとって、この町はじつに興味深い存在なのです。

ひとつは地雷問題です。カンボジアは内戦が行われていた時代に多くの地雷が埋設されました。内戦が終焉を迎え、治安が安定し始めてから少しずつ地雷の除去作業が進められていますが、タイとの国境地帯を中心として、地方にはまだたくさんの地雷が眠っています。こう書くと誤解を招く恐れがあるので念のために記しておきますが、カンボジアのあらゆる場所に現在も地雷が埋まっているわけではありません。

先日、ある知人の話を聞き、日本人のなかには首都プノンペンにすら地雷が埋まっていると思っている方がまだいることを知り、驚きました。日本人にとってカンボジアはまだまだ近くて遠い国のようです。プノンペンには地雷はありません。世界遺産のアンコール遺跡群観光の拠点となるシェムリアプ州の中心部も同様です。シェムリアプ州の一部にはまだ残っていますが、そこは一般の観光客とは無縁の土地です。整備された道を歩いて観光している限り、地雷の被害にあうことはまずありません。

話がややそれました。ポイペトが位置するバンテアイミエンチェイ州は、カンボジアのなかでも最も多くの地雷が残る地域のひとつです。2006年2月に訪れた際も、ポイペト郊外の国道5号線沿いでカンボジアの政府機関であるCMAC(Cambodia Mine Action Center)により地雷除去作業が行われているのを見ました。数ヶ月前、同じ道をバスに乗って走ったときには地雷除去作業はまだ始まっておらず、「地雷危険」の赤い看板も立てられていなかったことを思い出し、背筋が寒くなりました。車やバイクが行き来する幹線道路のすぐ脇で凶器が静かに眠っていたのです。地雷が埋まっている土地では、人々は常に地雷の脅威にさらされながら生きていかなければなりません。ポイペトの中心部から外れた地域へ足を運ぶと、地雷除去の終わっていない土地がどれほど広いかを思い知らされます(ポイペトの郊外へ行くことを勧めている訳ではありません)。

もうひとつは売買春問題とそこから派生するHIV/AIDS問題です。カンボジアは東南アジアのなかで最も深刻なHIV/AIDS問題を抱えている国とされています。売買春とHIV/AIDSの問題は何もポイペトに限った話ではありませんが、ジャーナリストの通訳としてカンボジア各地の買春宿を取材した経験から考えると、ポイペトの場合、町の規模が小さい割に買春宿の数が多い気がするのです。そこからさほど離れていないところに建つ保健所のHIV/AIDS病棟には、HIVに感染した人、AIDSを発症した人たちが入院生活を送っています。多くは配偶者から感染した女性です。

では彼女たちの配偶者がどこで感染したかと言うと、その多くは買春宿だと言われているのです。この売買春問題を掘り下げて考えてみると、HIV/AIDSに関する偏見と差別、農村の貧困、出稼ぎ労働の問題など、現在のカンボジアが抱えるさまざまな問題が浮かび上がってくるのです。

画像上:カジノの前を通るカンボジア人労働者
画像中:ポイペトの中心部の国道5号線を走るトラック
画像下:カンボジア側の国境にある入国審査の事務所


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