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今年の夏は非常に暑かった。ウクライナの人々は、バカンスへとそそくさと出てしまう。人生の楽しみの一つはバカンスなのである。人によっては、別荘にこもり自給自足の自由な生活を行う。
では、町には誰が残るのか。今年は、すこし変化があった。なんと閑散としているはずのクィーヴ(キエフ:括弧内はロシア語読み)の町が普段と同じように人で溢れている。もちろん外国人観光客の数はウナギのぼりである。耳にする言葉はヨーロッパ語ばかり。意外なのは中国人があまり見られないことだ。
こうした膨大な外国人観光客の来訪で、ウクライナ人労働者も夏休みをとらずに仕事を続けている! まさに需要と供給が一致した形である。ようやくウクライナも当たり前の経済構造になってきたようだ。喫茶店には外国人は普通に入っておしゃべりそしてグラスを傾ける。20代後半の店員は、おそらく英語があまり得意としないとおもうのであるが、うまく対応しているようだ。ウクライナも外国人にすこし慣れてきたようだ。メニューも英語版が完備である。
この夏4年半ぶりに一時帰国してウクライナに戻ってくる途中、ウクライナを実感する出来事があった。ヘルシンキからキエフ行き飛行機の中でである。この世知辛い中で、機内の飲み物は有料になったりしている。しかし、キエフ行きのウクライナ国際航空の中では、やはり、そうではなかった。キャビンアテンダントが押すワゴンにはホリールカ(ウオッカ)がズラリ。もちろんどんどん注がれていく。ビールを頼むと350mlとかケチ臭いことは言わずに、500ml缶が出てきた。もちろん飲み放題。ウクライナ産とヨーロッパ産が選べるが、残念ながらあまり冷えてない。ワインは、数種のフルサイズボトル並んでいて、注いでくれる。
また乗客のオッチャンたちはキャビンアテンダントを口説こうといろいろ話かける。キャビンアテンダントも慣れたもので、しようがないという顔をしながら応対。挙句の果てにペンまで出されてサインを書かされていた。ああ、この「開放感」、なにかあきらめにも似た倦怠感がひろがった。たった2時間弱の旅だがワイワイとにぎやかなフライトだった。
キエフに近づくと眼下にキエフ湖が広がる。その寸前、右翼窓際から天気がよければ、彼方にあるチョルノブリ(チェルノブイリ)原発の位置を確認することも可能である。キエフにはフィンランドのヘルシンキ経由が最速である。日本からヘルシンキまで9時間半、トランジット2時間ほどで、計14時間ほどで着く。因みに、機内食はハムとチーズサンド(ウクライナ人の常食)であった。
ウクライナ入国の際、ヴィザがあっても無くても入国カードを書く必要がある。その時必ず滞在先の住所を書かなければならない。もちろん入国してからホテルを飛び込みで予約できるし、友人宅へ泊めてもらうこともあろう。とにかく、お目当てのホテルなどの住所を予め記憶しておくことが必要だ。また数百ドル程度ならそのまま、何も書かずに税関カウンターに行ってもよい。
怪しまれないためにも税関申告カードの記入を勧めるが、ウクライナの場合、役人の気分次第なので、私場合、役人は所持金額を質問すると荷物に触れることもなく、「早くいきなさい」とおっぱらわれた。どうも適当に該当者をピックアップして集中して検査するように思われる。とにかく堂々と行くことである。
画像上:ラジオ会社の広告。夏ならではの絵柄だが、なんでパンツまで脱げているかは不明。
画像中:独立広場の光景。真ん中の柿色と青の傘はサングラス売り。その右の赤色と左の黄色と黒、そして赤の傘はテレホンカードやネットのカードを売っている。左奥は、飲み物と軽食売り。
画像下:独立広場の噴水。ソ連時代はもっと壮大な噴水だった。中に入って水浴びする人もよくいる。地下はショッピングモール。右の建物はホテルウクライナ。 |