■キエフ城郭跡 2007.4.3 update

キエフは、すでに春を迎えています。今年の冬は、あってないようなものでした。といっても、日本に比べれば寒いですが。あまりの急激な温暖化に、草木の発芽が追いついていないようにもおもえます。

次第に目に付くようになってきたのが、外国人観光客。特にヨーロッパ圏の旅行者が多いように思います。耳を傾けてみると、ドイツ語、英語、などなどいろいろな言葉が聞こえてきます。言葉よりも彼らのもつ雰囲気、そしてなによりも服装がウクライナ人とはことなります。服は、こちらウクライナでも売っていそうなものですが、着こなしが違うようです。ウクライナ人は、なにかと着飾るのがすきです。そのセンスには驚かされますが、ときに頑張り過ぎということもあります。西ヨーロッパの旅行者の、ラフな着こなしはまだまだこちらの人の趣味にはあっていないようです。

さて、キエフは東スラヴの由緒ある古都です。ソフィア寺院やペチェールスカ・ラーヴラなど人気のスポットがあります。しかし、それ以外にも沢山の名所旧跡があります。また、博物館はいくつあるか分かりません。これから触れるキエフ城郭跡もそのひとつです。

ウクライナ人は、散歩が好きです。日本人が散歩をしなくなってしまったからか、最初散歩しようと言われたときすこし戸惑ったものでした。なんせ、ずっと歩きっぱなしなのですから。ソ連時代や数年前までは、祝日や休日となると夜通し歩き続けることもあったようです。これは単に、住宅環境の問題や娯楽が少なかったということも、原因かもしれませんが、とにかく森の中、町の中、公園をあるきます。話をしながら、黙ったまま、単に腕を組んでゆっくりとなど、いろいろな形があります。これは年寄りや年配の人だけでなく、若い人も同じです。通りや公園は、語らいの場であり、一緒に時間を過ごす場でもあるのです。最近ようやく、カフェで時間を過ごすことも浸透してきましたが、それでも屋外での交流が主流です。

キエフ城郭跡は、非常に歴史があるものです。中心地からすこし外れているので、外国人が観光で来ることはめったにありません。また、これといって目玉がないというのも理由だと思います。中途半端に再建された城郭跡の建物や、半円形の美しい建物だけがあり、いくつか大砲が並べてあるだけです。一応、内部には博物館がありますが、これもまた、午前中しか見ることができないようなものです。

こんな、博物施設ですが、天気の良い日は昼夜問わず、多くの人が散歩しています。ただただゆっくりとあるいていたり、語り合ったりしています。通りからも遠く、非常に静かなところです。キエフは「近代化」が進み、騒音と渋滞がひどいところです。とくに交通マナーに関しては、辟易します。そんななか、住宅街を一歩は居ると、巨大な公園となっていて、忘れ去られたかのような建物が出迎えてくれます。

団体旅行で行くと、きまって有名どころばかり巡ることになります。それはそれで価値のあることですが、市民の生活に溶け込んだ博物施設に足を運んでみると、この地で生活している人々の「時間の流れ」と感じる事が出来ます。ウクライナのような、ヨーロッパからも離れ、ロシアからも離れており、自己表現や宣伝の今ひとつ上手くない国の人々は、隠れた名所をいくつも持ち続けているものです。

※キエフ城郭跡の上空写真と位置については以下参照
http://wikimapia.org/93133/ua/

画像上:施設内にある石器時代の博物館。しかし、いつ開いているかは不明。ウクライナは、石器博物館が多い。ひとつのブームとなっている。キエフ郊外のドニプロ川沿いに有名な博物館がある。
画像中:施設は一周できる。そのためには、古いのぼりトンネルを通ることが必要。しかし、この入り口はしばしば閉まっている。中に入ると、建築された当時の工法が見て取れる。
画像下:城壁内は、一部回廊のようになっている。革命のときの記念碑もある。
画像:城郭の前にある、半円形の建物。これ自体は入れないようです。


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