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ウクライナでの引越しは大変である。すでに8回ほど引越ししたが、問題点はやはり建物の構造にある。冬には雪が降るため、建物の入り口は数段の階段になっており、スロープもあるにはあるが、困難さに違いはない。また、入り口のドアは、体格のいいウクライナ人のサイズに合わず狭い。さらにドアは間隔をあけて2枚になっている。その2枚目のドアの向こうにはさらに階段があり、それを登ったところにエレベーターがある。エレベーターも人用のものはこれでもかというぐらいに狭い。これでは大きなものは運べない。エレベーターまでのドア、階段もとにかく狭く家具の運び入れの最大の難関である。
私の場合、以前住んでいたアパートで買ったソファーが入らず、道端でペンチとスパナで分解して運んだ。それでも分解したソファーを廊下の壁をこすりつけながら運んだ。せっかく買った新品のソファーなのに、素人に分解された挙句、汚い壁をふき取る羽目になるとは、とがっくりしたものだ。理由は、以前はすべて家具も規格品だったから、今のように自由なデザインのものは考慮外だったのだ。
今私が借りている部屋は、7〜8畳ぐらいの部屋だ。これはべつに大きい部屋ではなく、ソ連時代の部屋に限ったことではないがやたら部屋は大きい。やたら長細かったりするのですこし使い勝手が悪い。アパートは、フルシチョフ時代に盛んに建てられたもので、その名もフルシチョフカ。この建物の特徴は、レンガ造りで5階建て、エレベーター無しで急な階段。部屋は玄関、廊下、キッチン、トイレ、バスが非常に狭い。その分部屋は変に大きい。最大の欠点はキッチンの狭さとエレベーターが無いこと。このためこの種のアパートは人気がない。貧乏人のアパートの代表のようなものだ。
しかし、レンガ造りのせいか、冬は部屋が暖かいという。しかし、窓枠が木製であると、隙間風に泣かされるので同じだと思う。旧ソ連時代では、あれほど鉄鋼業もさかんであったのに、窓枠はすべて木製。つまりほぼ手作りである。窓ガラスは単に木枠にはめてあるだけ。現在ではヨーロッパで主流のプラスチックコーティング済みの金属製窓枠である。機密性、保温性は最高である。これはいまや大ブームである。一番高いのはドイツ製、次にロシア製、最後はトルコ製。しかし一番と二番との間には、感覚的にはるか遠い距離をウクライナ人はもっている。大体一つの窓で3〜4万円程度である。
部屋は町の工場から送られてくる熱湯セントラルヒーティング暖房のおかげで暖かい。今年の2月は稀に見る極寒であった。ある町では部屋がマイナス30℃のまま一冬越えたところがあった。そのときの凍った金魚鉢の映像が痛々しかった。今年はそんな寒い冬が来ないこと祈っている。
とにかく瞬間湯沸かし器が普及してないところでは、頼りない行政サービスであるお湯だけが頼りである。しかし、アパートでお湯の料金を払わない者がいると、そのアパート一棟に供給が止められてしまう。なぜなら各部屋ごとに開閉バルブなどはないからである。まさに理不尽この上ない。こちらで暮らしていると、まさに旧ソ連時代の生活への思想を実感できる。それは、「無いよりましだろ、だから文句言うな」である。
画像上: 四畳半ぐらいのキッチン兼食堂。これでは家族団欒はできない。ちょっと座って家族でお鍋…とかは無理。左壁をはさんで浴室洗面所とトイレ。トイレは少しかがむと頭がドアにあたる。浴室洗面所は、小さいので洗濯機は置けない。よって多くの家では台所に、それもシンクの隣にある。基本的にソ連時代の建物のコンセプトとして、下水管や上水管はできるだけ遠くにもっていかないことになっている。よってこの風呂とトイレの裏に台所がある。よって洗濯機も台所に置くことになる。この家には洗濯機がないのですべて手洗い。
画像下:私の部屋。窓の向こうはベランダ。胡桃(くるみ)の大木が地上に生えていて、ベランダから取り放題。
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