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ウクライナ料理といえば、ボルシチです。あの赤いスープです。あの赤は、赤ビートの色で、ルビー色です。ボルシチは、家庭によって、つまりお母さん数だけ味が違うといいます。つまりまさに家庭の味なわけです。このボルシチを鍋一杯につくり、毎日食べてきます。もちろんこれ以外の料理もあります。ここで面白いのが、こちらの人、概して猫舌であついものはだめ。ボルシチもぬるいものを食べます。しかし、その理由を尋ねると煮てしまうとビタミンが無くなるからだといいます。わたしは栄養学ついては素人なので、これが正解かどうかはわかりません。言えることは、長い冬が続くので、ビタミンの摂取についていろいろ民間の知恵がもっているということです。
短い春を通り越して、すでに夏本番にむかっている今日この頃ですが、ボルシチにはもうひとつ「夏のボルシチ」なるものが存在します。別名「緑のボルシチ」といいます。これは冷やして野草を入れたもので、緑の葉っぱがスープに浮いています。葉っぱはすこし酸っぱく、あっさりした味です。このように、年がら年中ボルシチはウクライナ人に食べられ続けています。まさに日本のみそ汁です。
ウクライナ人は、自然のなかで暮らすことをこよなく愛します。すこし天気が良くなると、森や川に出かけて、バーベキューをして暗くなるまですごします。その影響で、近隣の森はごみ溜めになっている場合もあります。キエフは、森の都と歌われたところです。いまは現代化の並の中、街路樹がへっています。しかし、アパートの中庭は鎮守の森のように木々がおい茂っています。こうした木々の下は住民達の憩いの場です。
暗くなるといっても、それはよる10時頃なので、日本の感覚とはかなり差があります。公園では夜9時半でもこどもが普通に遊んでいることがあります。木々のおい茂る公園はカップル、老夫婦のみならず、多くの人があつまり、話したり、じっとすわって時の流れを楽しんでいます。こうした光景は日本ではあまりみません。公園での楽しみ方をこちらの人は生活の一部としています。
植物の好きなウクライナ人は、アパートの部屋に、たくさんの鉢植えをもっています。こうしたことで、日本の盆栽への興味、生け花への興味はとても強いです。しかし、盆栽が10年単位で完成されていくものとはだれも知らないでの、教えるとすこしがっかりしたような顔をします。
ウクライナ人にとって花をもらうことはごく当たり前のことです。日本では女友達に花などあげると、それこそ勘違いのもとになりますが、こちらでは感謝の気持ち、友情の印、愛情の印に花を贈るのは当たり前。もちろん、女の子に一本の赤い薔薇なんかもっていくとかんちがいされますが。人とあう時は必ず、小さな花束を。ウクライナでは、花を贈るといったことにあらわれるように、相手を思いやるという気持ちがとても素直に表現できる人々です。男女問わず、出会いと別れの時のキスは当たり前。抱擁も当たり前。スキンシップは大切な愛情表現になっています。日本だと、すでにセクハラで深刻な問題になることは確実です。
良い意味で、その他田舎のヨーロッパの文化や精神の多く残るウクライナは、おそらく「ヨーロッパ最後の秘境」となるでしょう。悲惨で過酷な歴史を経ても尚、多くのめずらしい民俗をいまだ残しています。この文化の強さは、こうした人と人との結び付き、大地と暮らしの結び付きの強さにあるとおもいます。チェルノブイリの地に少なからず元の住民が戻っていくのも、こうしたことが理由です。反面、「文化の強さ」により近代化、現代化への波にうまく乗れず政治的、社会的に常に右往左往している現実があります。
画像上:キエフ市内、ドニプロ川。中心街から10分でこんな森の中。森は野鳥がたくさん。静な一時を過ごせるところがたくさんある。
画像下:吸えない煙草を片手に、論議する筆者。もうホリルカ(ウォッカ)の瓶が半分空いている(2本目)。手前の乾し魚は、酒の肴。正面の友人のお手製。これがまたうまい!集まりの席には必ずケーキ。歯が痛くなるような甘さ。
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