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画商の知人から今年も「アンティック祭り」の招待状が送られてきた。リスボンの主だった古美術店が元修道院を借り切って、毎年秋に開催する大規模な祭りだ。
その知人も店を出しているので挨拶がてら見に行った。展示してある物は高価な物ばかりで、当然、私は鑑賞するだけだが、眺めるだけで楽しい。それに会場になっている元修道院が素晴らしい建物。リスボンの町外れにあり、周りはごたごたした下町の古い家並みが建ち並ぶ一角で、家々の窓には色あせた洗濯物がはためき、石畳には犬の糞が散乱。そして修道院自体も外見はどこにでもある古ぼけた印象を受ける。
それが一歩中に入ると、薄桃色のアラビダ大理石をふんだんに使った重厚な石造りで、しかもかなり広い! 中庭とその周りを囲む回廊、その奥に続くいくつもの小部屋が会場になっている。使われているのは修道院のほんの一部だと思うが、それでも全部を見て回るとくたくたになる。
中庭は吹き抜けで、昔は屋根がなく、雨ざらし陽ざらしだっただろうが、今はモダンなガラスの屋根が取り付けられている。回廊の壁には古いアズレージョ(青いタイル絵)が張られ、長い年月を経てあちこち欠けたりしているのも、この修道院の古さ、歴史を感じる。二階の回廊の天井は赤煉瓦を組み立てたアーチ造りで、その昔ポルトガル全土を支配していたモーロ(アラブ)人の文化の影響だろうか。
こんな歴史の古い建物と「アンティック祭り」はぴったりの組み合わせ。展示即売の品もかつてのポルトガルの栄光を感じさせる物が多いし、ヨーロッパ各地から集まった古美術や宝飾品もどっさり並んでいる。かつては貴族階級の持ち物だった、豪華で贅沢な品物ばかりだ。今、同じものを作ろうとしても、昔のような高い技術を持った職人がいないのではないだろうか。その他にも、近現代のポルトガル人画家の絵画をメインにした店もあるし、物故作家の絵画だけを扱っている所もある。
こういった骨董市にかつては日本の古伊万里などもならんでいたという。それが20数年前の日本の高度経済成長時代に日本から古美術業者が大挙してやってきて、一切合財、日本へ持ち帰ったらしい。そのころのポルトガルは日本の骨董品の穴場だったようだ。ひょっとしたら天正遣欧少年使節団が来た頃(1584年リスボン到着)の物などがたくさん残っていたのかもしれない。
今回も日本の骨董品はほとんど見かけなかった。そのかわり中国や韓国の骨董品専門の店が目に付いた。ポルトガルはマカオを統治していたし、マレーシアのマラッカやインドのゴア、東チモールなどを古くから植民地にしていた。その関係でアジアの骨董品がポルトガルのどこかにたくさん眠っていてもおかしくはない。数年前、ポルトガルの片田舎の小さな教会で漆塗り螺鈿の書見台が発見された。日本の、それこそ天正時代(1573年-1591年)程の古いもので、何でも日本に持ち帰れば国宝級の代物だということだ。日本の物もまだどこかに人知れず眠っているかもしれない!
でも、この「アンティック祭り」で掘り出し物が見つかったとしてもとうてい私の手には負えない。せいぜいセトゥーバルの蚤の市がお手ごろ。そういえば先日、その蚤の市で広重の浮世絵版画を見つけた。「東都参拾六景の内、王子」と書いてある。あまり見たことのない珍しい浮世絵で、本物かどうかは別にして、さっそく部屋に飾って眺めている。
-文中の画像-
画像上右:元修道院中庭の展示場
画像上左:窓の奥行きは壁の厚さ、アズレージョ(絵タイル)が素晴らしい
画像中:中庭の回廊からさらに奥にも展示室
画像下左:薄桃色のアラビダ大理石でできた重厚な階段
画像下右:こまごました骨董品が棚の中にもいっぱい
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画像左:アーチ天井の二階回廊展示場
画像中:アーチ回廊の中の古い絵画と家具
画像右:宗教画や木彫、陶磁器、マニュエル様式の家具
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【短信】こちらはまだまだ日中は日差しが強く、汗ばむほどです。でも夕方からぐんと気温が下がるので、油断できません。(10/31)
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