■街の中のアズレージョ(装飾タイル) 2006.4.18 update

タイルというと、日本では風呂や台所の壁や床のイメージしかありませんが、ポルトガルではタイルは美の表現として重要な素材だったようです。リスボンやポルトなどの大都市だけでなく、ちょっとした町にさえ建物の内部や外壁にアズレージョ(装飾タイル)が目につきます。壁画を筆で描く代わりに、10数センチ四方のタイルを並べて絵を描いたものを窯で焼き、それを組み合わせてひとつの陶板画として壁に埋め込んだものです。教会の内部や外壁、お城や貴族の館、そして市庁舎や駅の外壁や構内にも美しいアズレージョ画が残っています。

ポルトガルのアズレージョは15世紀にスペインのセビーリャから伝わったもので、ベージャの「レオノール王妃美術館」の回廊には16世紀にセビーリャの職人が作った幾何学模様の古いアズレージョの壁があります。セビーリャを中心とするアンダルシア地方とポルトガルはモーロ人に8世紀初めから13世紀半ばまで約500年間も支配されていた(スペインのグラナダ陥落は1492年なので約800年間となる)ので、モロッコなどと共通するイスラム文化が色濃く残っています。

セトゥーバルの「イグレジャ・デ・ジェーザス(イエス教会)」にも15世紀の幾何学模様の絵タイルが祭壇の壁や天井の全面に張ってあります。それは色タイルを割った小片を組み合わせて絵模様を構成したもので、モロッコのタイルやモザイク絵と同じ作り方です。ポルトガルのアズレージョはその後オランダのデルフト焼きのブルーに大きな影響を受けて、青一色のアズレージョが多く作られて、表現も具体的になった絵が今もあちこちに残っています。

初めてポルトガルを旅した時すごく印象的だったのが、ポルトのサンベント駅構内の青いタイル画、そしてアヴェイロの駅舎全体を飾る青いアズレージョ画でした。特にアヴェイロ駅の華麗さと周辺の見所を描いたアズレージョ画はどんな観光ポスターにも負けない効果を出していました。100年も200年も昔の様子、風景などが描かれて、その当時からずっと人々はこれを見て観光に出かけたのだろうと、密かに思いを馳せたのでした。

駅舎といえば、セトゥーバル近くのピニャル・ノボ駅の外壁にも青いアズレージョがいくつも飾ってあります。ところがこのごろリスボンからの新しい線路が開通して二階建て電車が走るようになり、ピニャル・ノボ駅や周辺の駅は現代的な、でも空虚な駅になってしまいました。レトロで味わい深い駅舎はそのまま残っていますが、今では入口は塞がれて、壁のアズレージョも一部がかろうじて外から見える状態です。「これはいけない!」と思って、去年、目に付く限りのアズレージョをデジカメで撮って私のHP「ポルトガルのえんとつ」の中の「セトゥーバル探検」に保存しました。

セトゥーバルでも町を歩くといろいろな所にアズレージョが残っていて興味を惹かれます。たとえば、メルカドに行くと入口の壁と奥にある魚売り場の壁全面がアズレージョの絵で飾られています。いつもは買物に気を取られて魚や野菜ばかりを見ていますが、フッと周りを見ると美術品の宝庫なのです。じっくり見ると魚売場のアズレージョの壁には昔の港の様子や、路上で開かれていた市場風景、そして近郊の塩田や稲刈り風景などが描かれています。その他にも葡萄やオリーブの収穫風景などもあります。

でもメルカドで買物をする時間帯はいつも買物客がいっぱいで人の行き来が激しいし、しかもアズレージョの壁の前にはおじさん達がずらりと並んで喋っています。それを見て私は「何でこんなに並んでるの?」と不思議だったのですが、ある日、おじさん達の並んでいる目の前の店で魚を品定めしている時のことです。おじさん達の中の一人が、「これは取れたてだから美味いよ。なんせわしが捕った魚じゃからな」と声をかけてきました。「えっ、セニョールが自分で捕ったの?」、「そうそう、セジンブラの沖で釣ったのをこの港に水揚げしたのじゃよ」ということで、もちろん1キロ買いました。さすがにセニョールが自慢するだけあって、焼き魚だけではもったいないので、半分は刺身にしたほど新鮮でした。

セジンブラはセトゥーバルから車で1時間ほど走った所にある漁師町です。そこの漁師が取れたての魚をセトゥーバルのメルカドに水揚げしたあと、自分の魚の売れぐあいを見ているのでしょうか。アズレージョの壁の前に立ってガヤガヤと喋っているおじさん群はそうしたセジンブラやセトゥーバルの漁師達がほとんどです。メルカドのアズレージョにも描かれていますが、セトゥーバルでは昔はサルディーニャが今よりもっと大量に捕れて、それをオイルサーディンに加工する缶詰め工場が港の周りに建ち並んでいました。私たちが住み始めたころは廃墟となった工場がまだいくつも残っていたものです。でも急速に取り壊されて新築マンション群に変わってしまいました。

リスボンのレトロなチンチン電車もどんどん廃止されて、今では旧市街の狭い道を走る路線の電車がわずかに残されているだけです。その他の数台は観光客専用になり、広場に待機しています。でも観光客だけの市電に乗ってもつまらないですね。古き良き物を生活の中でいつまでも大切に使い続けることが、ポルトガルの観光の魅力なのに、どんどん切り捨ててしまうのはもったいない! メルカドもこのごろ大型スーパーの乱立で客足を取られています。いつか廃虚になってしまうのでしょうか。その時はこのたくさんのアズレージョはどうなるのでしょう。街の中のアズレージョは街の生活空間で見たいものです。美術館の壁に収まったらきっと生きが悪くなることでしょう。

-文中の画像-
画像右上:イスラム文化を色濃く残す初期のアズレージョ。カットされたタイルの小片を組み合わせて模様が作られている。
画像左上:駅の外壁には、近郊の見所を描いたアズレージョがいっぱい!
画像右中:メルカド(市場)のアズレージョの前。
画像左下:メルカドの魚売場。ここにもアズレージョが。

画像左:青空市場の風景が描かれたアズレージョ。
画像中:サルディーニャ(イワシ)の缶詰め工場が描かれている。
画像右:アズレージョで飾られた水道場。


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