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私の住んでいるセトゥーバル市は、大西洋に面したサド湾の縁に広がっている。漁港が二つあり、そのひとつは「ドッカ・ド・ペスカドーレス」(漁師の港)、もうひとつは「ドッカ・ド・コメルシオ」(商人港)という。
「商人港」にはレジャー用のヨットなどがたくさん繋留してあり、対岸のトロイアとの間を行き来するフェリーボートの発着場もある。それとは対照的に「漁師の港」は、大小の漁船が港の中にひしめくように繋いである。サド湾内で漁をする一人乗りの小さなバルコ(小船)や、湾外の大西洋に出て行くちょっと大きな漁船など、赤や黄色やブルーで塗りわけられたカラフルな船で港は賑やかだ。
朝起きると私は真っ先に台所に行き、窓を開けて新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。今日も空気が旨い。台所の窓からセトゥーバルの湾が見渡せる。今日は湾にたくさんのバルコ(小船)が出ている。数えてみると87隻もいる。バルコは遊園地にあるボートに少し毛が生えた程度の船で、わりと丸い形をしている。小さいわりに安定が良いみたいだ。そのふっくらとしたバルコには、太鼓の様に腹のでっぷり突き出た漁師が乗り込んで釣り糸を操っている。こんなにたくさん漁船がいるということは、今日はきっと湾内に何かが来ているはずだ。ショコ(モンゴイカ)か、ポルボ(タコ)か、サルゴ(黒鯛のような魚)、あるいはサルダ(鯖)が卵を産みにやってきているのかも知れない。
メルカド(市場)に行くと、今の時期、湾内やその近場にどんな魚が来ているかがよく分かる。サルダ(鯖)は、日本では一年中どこの店でも買えるが、ポルトガルでは10月ごろにぽちぽちと姿を見せ、2月ごろまでだろうか。それも日によってあったりなかったり、しかもだいたいが細い小さなもので、プリプリと脂の乗った鯖を買えるのはめったにない。そんな時は2キロほど買って、二枚におろして半分は焼き魚と煮魚用、骨の付いてない後の半分はシメサバにしてバッテラ寿司を作ったりして楽しむ。
以前の話だが、「漁師の港」をブラブラと散歩していた時のこと。港には数人乗りの漁船が次々と港に帰ってきていた。船着場にはかなりの人だかりがしているので、何ごとかと思わずそこを目指して駆け足になった。ラッキーなことにいつもはぴっちり閉まっている門も半分開いている。門番のセニョールに尋ねたら、「入ってもいいよ」と許可してくれた。こんなチャンスはめったにない。人だかりは次々に接岸する数隻の漁船の前だった。漁船の中の漁師たちは捕ってきたばかりの魚の入った箱を岸壁に荷揚げするのに汗だく。岸壁ではそれを待ち受けた男達が一輪車に乗せて冷蔵倉庫に急いで運び込んでいる。うかうかしてると突き飛ばされそう。
漁箱の中味は様々だ。ショコ(モンゴイカ)もあるし、小型のエイや小さなサメもある。箱からはみ出るように大きなヒラメも数匹ある。漁船によって獲物の種類が違う。それぞれの専門があるのだ。一番多いのがマテ貝の水揚げ。魚箱にびっしりと入ったのが船底に山の様に積み上げられている。サド湾が大西洋に接する所には広い砂地が広がっている。そのあたりの海底が魚場なのだろう。
荷揚げがやっと終った後、さっき一輪車などで倉庫に運び入れていた男達が岸壁に戻ってきた。「やれやれ」といった雰囲気が漂う。その内の何人かが持っていたビニール袋を漁船の中の漁師に手渡すと、漁師はその袋に魚をどっさりと入れて男達に返している。男達は老人がほとんど。年を取って引退した漁師たちが荷揚げの手伝いのアルバイトをしていたのだ。
その中の一人がもらったマテ貝のひとつを、貝をこじ開けて中の身を取り出した。貝殻をナイフ代わりに使って砂を含んだ内臓を除き、残った白い身をつるりと口に入れて美味そうに食べ始めた。生の身を食べ始めた男を、びっくりして私は思わず見とれた。「は〜ぁ、ポルトガル人も生食をするんだ〜」
その男はマテ貝をもうひとつむいて「食べるかい?」と私にくれた。マテ貝を生で食べた事はそれまでなかったので、恐る恐る口に入れると、とたんにとろりと甘い味が広がった。まるでホタテの貝柱のようだ。海水が良い味付けになっている。私が美味そうに食べるのを見て、男は次々に殻をむいてくれた。ハッと気がつくと、いつの間にか回りに人垣が出来て、私は注目の的になっていた。他の男たちもマテ貝をむいて美味そうに食べている。
生で食べる美味しさはポルトガルの漁師も日本人と同じように知っていた! 漁師の港の岸壁は突然生食立ち食いパーティの雰囲気になったものだ。メルカドではいつもマテ貝を束にくくって売っているが、あの時の捕れ捕れの活きの良い味は今でも忘れられない。
画像右上:港に戻ってきた一人乗り漁船(バルコ)。
画像左上:小さな漁船に二人も乗って釣り。
画像右下:メルカド(市場)に行ったが、もう昼近いのでエイが2尾しか残っていない。
画像左下:主に貝類を売っているおばさん。手前の真ん中がマテ貝。
【短信】ユーラシア大陸の西の果て、ポルトガルに在住して15年があっという間に経ちました。ユーロ貨幣になってから物価が二倍に上りましたが、それでもまだまだ暮らしやすく、治安も良く、なんといっても気候の良いのが気に入ってます。こちらも寒気がゆるみ、急に春らしくなってきました。今から野の花の咲き乱れる景色を楽しめるかと思うとわくわくしてます。(3/8)
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