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SELAMAT TAHUN BARU 2006!! (新年明けましておめでとうございます)。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。ここしばらくインドネシア国内を旅する機会がなかったのですが、やっと時間ができたので、首都ジャカルタのあるジャワ島から離れ、スラウェシ島の中部山岳地帯タナ・トラジャへ行って参りました。
  
タナ・トラジャといえば独特な伝統文化、伝統家屋、岩窟墓、コーヒー栽培等で有名です。スラウェシ島の南に位置するマカッサルまで飛行機を利用し、そこから車で約9時間。自然の景色を楽しみながら山道を延々と進んで行きます。標高1,000m前後に位置するため、夜は非常に肌寒いです。
タナ・トラジャに着くと、至る所に伝統家屋(トナコナン・ハウス)が目に入ります。トラジャ社会は基本的に階層社会です。それが見て取れるのが盛大な葬式儀礼です。お葬式といっても暗く、悲しいイメージはまったくなく、どちらかというとお祭りに近いです。観光用のショーではないのですが、今や多くの見物客で賑わっています。儀式が行われるのは不定期ですが、収穫後の6月?10月にかけて行われることが多く、道を歩いていると、お葬式に参加するために黒い喪服を着た人がよくみかけられます。
  
葬儀は一族の最需要イベントの一つで、壮大で華麗です。ここでは、家族のだれかが亡くなっても葬儀を行うまでは死者としてみなされず、遺体は薬品を使って処理され、布にくるんで家の中に安置されるそうです。その間、家族は葬儀の準備にとりかかります。親族への連絡、資金集め等に時間を費やします。短くて1ヶ月、長くて10年かかるといわれています。
今回の旅で遭遇したのは3年前に亡くなった女性の葬儀でした。葬儀は数日かけて行われます。その最終日に大量の豚や水牛の生け贄の儀式が行われ、多いときは数十頭の水牛が犠牲になります。
  
葬儀が終わると遺体を一族の眠る墓に移します。ここでは火葬でも土葬でもなく、独特な埋葬法です。岩壁をくりぬいたり、洞窟を利用したり、伝統家屋を形取った木製の棺に遺体を入れて崖下に安置したりと村や地区によって異なるそうです。棺の前には生前の写真、故人に似せた木製の人形が安置されます。
洞窟に入ると何とも言い難い、冷たく異様な空気を感じます。トラジャの人々は約9割がキリスト教徒。同時に土着宗教もいまだに信仰されています。葬式儀式自体、宗教に関係なく昔ながらの風習を受け継いでいます。同じインドネシアでも地域によって文化や習慣は異なりますが、ここでは人々の死者に対する考え方は身近で、現在も死者と共に生きる暮らしは根強く続いています。
-文中の画像-
上段
画像左:トナコナンハウス(舟形家屋)。紀元前、まだスラウェシ島の大部分が海に沈んでいた頃、タナ・トラジャは陸であったそうです。中国から海を渡ってやって来た人が上陸し、乗ってきた船を使って家を建てたという言い伝えがあります。このトナコナンハウス、全て中国のある北を向いて建てられているそうです。昔からの伝統を代々受け継いでいます。
画像中、画像右:トナコナンハウス正面。水牛の角は富の象徴で裕福な家ほど角の数が多い。
中段
画像左:盛大なお葬式。1970年代はじめより政府の観光開発政策が導入されたこともあり、外国人観光客にも広く紹介されることとなった。
画像中:盛大な葬儀になると、闘牛が行われる事もあり、非常に盛り上がる。
画像右:岩壁墓。木で作った故人の身代わり人形(タウタウと呼ばれる)が村を見下ろしている。
下段
画像左:伝統家屋を形取った棺が崖に安置されている。
画像中:裕福な一族のお墓
画像右:乳児は木の幹に埋葬される(リアン・ピアと呼ばれる)。リアン・ピアに使われる木は白い樹液を出す。亡くなった乳児がいつでもミルクを飲めるようにという願いがこめられている。
【短信】首都ジャカルタをはじめ、インドネシア各地域では、2006年カウントダウンの花火が盛大に打ち上げられていました。年が明けて、道端や広場では 1月10日の犠牲祭(イスラム教の行事)のため、生け贄にされるヤギや牛が売られているのが見られます。犠牲祭には裕福な人は資力に応じてヤギ、牛を喜捨します。モスクで行われる儀式で、解体された肉は恵まれない人に配られます。(1/6)
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