■ある部族の村を訪ねて 2005.6.6 update

留学時代、ある友人が卒業研究のためにと、「とある部族」と会ってくると言い残し、2日ほど寮を留守にしたことがありました。当時はなんとなく聞き流していましたが、知っていくうちに私自身、気になってしまって、いつか時間があれば、私もその「とある部族」に会ってみたいと思っていました。実際そんなに簡単に1人で行くことができるような所に住んでいる人達ではなかったのですが、先日、機会に恵まれ、その人達と会い、生活体験をしてきました。

その部族の名前は「バドゥイ族(Baduy)」。現在においても謎に包まれていることが多く、バドゥイ族自身、自分たちのことをあまり語らず、見せることもしないので、外部でバドゥイ族の事を良く知っている人間でも7割しか把握できていないといわれてます。

首都ジャカルタから南西に車で約4時間の距離、バドゥイ族が住んでいる場所は深い谷や崖が入り組んでいる山地の斜面にあります。そこへ行くには山道の入り口で車を降り、ひたすら1時間半ほど急な山道を歩きます。

バドゥイ族は約7800人余りの集団で、政府から保護区として規定されている地域に、内(約650人)と外(約7150人)に別れて住んでいます。内バドゥイ(または白バドゥイ)と外バドゥイ(または黒バドゥイ)と呼ばれています。

慣習に従い、長い間、外の世界から完全な孤立を維持し、近代文明を拒否して15世紀そのままの生活様式を保っています。村には電気、水道はなく、彼らは読み書きもしません。移動は徒歩のみ(しかも裸足)。鉄やプラスチックなどの工業製品、文明の産物の紙、魔力があると考えられている文字なども全て拒否。家を建てるときは釘やガラスなどを使わず、村の自然の中から採取できる物を使わなければいけません(竹を割って薄く削った物を編み込んだり、丸太を使ったりします)。

とにかく外部から入ってくる物を拒否します。学校や病院もありません。教育は精神を腐敗させ、魂を汚すといわれ、病気になると薬を使わず、祈祷など彼らが持ち続けている医療法で治療するそうです。

保護区の3分の2に住む内バドゥイの人々は厳密に慣習に遵守していて、外国人はもちろん、外の者が内バドゥイの村に入ることは禁じられています。因みに今まで内バドゥイの入村が許可されたのは2代目大統領のスハルトだけだそうです。

私が訪れたのは外バドゥイの村でした。電気の代わりにランプを使い、水浴び、トイレ、洗濯は川を利用します。ホテルなどの宿泊施設などは無く、民家に泊めてもらいました。高床式の家で、床は竹で編み込んであり、隙間からは鶏が地面を歩いているのが見えます。朝4時過ぎには鶏が床の下から元気良く叫ぶので嫌でも目が覚めます。観光客が頻繁に訪れるせいか、一部は外部の影響を感じる面もありましたが、周囲に住んでいる人々は観光客がいても全く気に留めず、自分たちの生活パターンを守り、過ごしています。

1泊2日という短い時間の中で、ほんの表面しか見ることしかできませんでしたが、現地の子ども達の澄んだ目を見て、ホッとさせられるものを感じました。近代文明を拒否し続けている部族といっても、明らかに物質の文化の波がバドゥイ族の保護地区に近づいてきているように感じました。私自身も彼らの生活を邪魔してしまったのではないかと少し反省しています。ただ、多くの人が彼らの事を理解し、温かく見守ってくことの必要性を感じました。

※バドゥイ族の住んでいる地域を訪ねるときは専門のガイドと一緒でなければ行くことはできません。また、入村手続きなども必要。

画像右上、左上:バドゥイ人。バドゥイ社会においては伝統的な布の使い方について厳しい原則があります。白バドゥイと黒バドゥイがそれぞれ用いる布の色、模様、形、寸法が異なります。
画像右中:バドゥイ族の家
画像左下:家の壁は薄く削った竹を編んでいます。
画像右下:「ケン、ケン、パー」。子どもの遊びは万国共通ですね。


画像左:竹で作られた橋。かなり丈夫です。
画像中:自給自足です。棒をリズミカルにつきながら脱穀しています。
画像右:おじいさんがお土産物のカバンを編んでいます。


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