■もう一つのお正月 2005.3.7 update

2月9日と10日、インドネシアは二連休でした。9日は中国正月(Imlekイムレック、旧正月とも呼んでいますが、日本のお正月である新暦から約1ヶ月遅れて旧暦の中国正月)、10日はイスラム教のお正月でした。【註】

日本でも、旧正月になると、中華街が非常に賑やかになりますが、ここ、インドネシアの旧正月でも中国寺院では新しい年を迎えたことを感謝し、お祈りする人々でいっぱいになります(インドネシア2億2千万人口の約4%が華僑)。

中華系の人々にとってこの日は一年の中で一番大切な日です。家族が家やレストランに集まりお祝いをします。ジャカルタ周辺にも中国寺院はたくさんあります。私もこの日は中華系インドネシア人の友人のお宅にお邪魔し、ご馳走をいただき、3堂ほどお寺めぐりをしてきました。

日本でも大晦日にはたくさんの人がお寺に行って、年を越しますが、それと同じ様な感覚だったので、非常に懐かしく感じました。お寺に着くなり、お線香の香り、煙が充満していました。第一印象はとにかく「真っ赤!!」。

訪れる人は十数本のお線香を受け取り、数カ所に別れた祭壇に線香を立てます。祭壇によって神様がいるそうです(寺院によってまつる神様も違います)。私がお参りした寺院は「財」の神様をまつっていました。

最後に訪れたお寺は古くて有名で、Tanjungkaitという場所にあります。ジャカルタから車で1時間、北西に位置し、海の近くにあります。こちらのお寺では18本のお線香を受け取り、6カ所に別れた祭壇で3本ずつお線香に火を付け、お祈りしていきます。最後にお金に見立てた、金箔のついた紙を燃やします。寺院の中には自分の身長よりも高い、大きな赤色のロウソクが何本も並んでいていました。

中国正月が正規に国民の祝日として加えられたのは2002年からです。中国正月が近づくと、デパート内は中国式の飾りでいっぱいになります。1999年までは法律上、一般の場所での中華系の装飾、漢字を表に出すことも禁止されていました。中国正月をお祝いできるのも、家の中だけという、限られた状態でした。歴史的、政治的な背景から見ていくと、かなり奥が深く、一度では語り尽くせません。

中華系の人々は様々な困難を乗り越えてきました。ジャカルタの北にある中華系の店で賑わっていた地域は98年から99年にかけての暴動によって略奪などの被害に遭い、廃墟と化しました。現在、避難していた華僑の人々がこの地域に戻り、復興に力を入れ、賑わいを取り戻しつつありますが、一部地域では当時の惨状を残した建物がそのままの状態で残っています。

【註】日本と比べて、インドネシアでは宗教にちなんでの祝日がたくさんあります。多民族国家、多宗教国家では休日は宗教が絡み、非常に重要視されています。イスラム暦、ヒンズー暦、中国暦によって、毎年休日が変わります。宗教省が毎年10月−11月頃に翌年の祝日を国民に発表します。ここ最近、宗教に関連した行事のレポートを書いていますが、一つの国で、たくさんの宗教行事を勉強できることをとても貴重に感じます。

画像右上:寺院の中は、お供え物でいっぱいです。
画像左上:お線香を受け取ります(支払う額は受け取る人が決めます)。
画像右中:お祈りの様子。
画像右下:寺院の中には、身長よりも高いロウソクがたくさん立てられています。
画像左下:最後に、お金に見立てた紙を燃やします。


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