■ゴミの増加 2007.4.3 update

共産主義時代、他の共産圏と比較すると物が豊富にあると言われていたハンガリー。学校では「共産国内では一番豊か」と教えられていました。旧ソ連で有名だった店頭前の行列は殆どありませんでしたし、年に数回は家族で外食にでかけたりもしました。しかし残念ながら、それは単なる共産圏という狭い世界での比較論。本当に豊かな経済大国は壁の向こう側。情報が遮断されていた時代です。物に溢れる欧米諸国や日本を知っている人は限られていました。

1989年の体制崩壊直後、社会の制度はすぐには変わらず、市民の意識や暮らしのパターンもそのままでした。買い物はかご持参。食料品や日用品を買っても商品は裸のまま渡されるだけ。老舗のケーキ屋で立派なデコレーション・ケーキを購入しても、地味な包装紙一枚にぞんざいに包まれるだけでした。電話の設置を頼んでも数ヶ月は待ち状態。家庭用の電化製品は修理を重ねて使用され、動かなくなったら引き取り専門店に持ち込まれるもの。そこで基盤や部品ひとつにまで解体され、修理部品の一部として再利用されていました。

そんな「物が不足していた元共産国」のハンガリーも、近年首都ブダペストを中心に消費社会に突入しました。人々の暮らしが向上し、品物を買って捨てるサイクルが年々速くなりました。それに伴い増加したのがゴミの量。ペットボトルや宅配ピザの箱、電化製品の緩衝材や発泡スチロールなど、消費される商品があるからこそ伴うゴミが急激に増えたのです。

一般の家庭ゴミは、ゴミ収集業者から指定される大きな緑の箱に捨てられます。集合住宅などの建物内には大抵3、4個の箱が置かれています。以前、そのゴミ箱は無料で支給されていたのですが、数年前からは箱代の何割かを住民が負担するように。あまりのゴミ増加のため、業者だけでは経費を賄い切れなくなったのです。

劇的なゴミ増加に市民の意識が追いつくのには時間がかかります。分別ゴミが謳われ始めたのは極々最近のこと。不燃物もダンボールも、瓶も缶もペットボトルも全て、同じ箱に放り込まれます。EU加盟後、市内の中心地などに分別ゴミ箱が設置されるようになったものの数は非常に少なく、一般家庭を対象にした分別ゴミの指示も行政からきちんと通達されていません。

さて、年に一度ですが、地区ごとにゴミ収集業者による無料粗大ゴミ引き取りの日があります。住民には今まで集合住宅の掲示板などで日取りが知らされていました。しかし近年、指定日以外の粗大ゴミ放置が目にあまるようになったため、今年からは業者からの日程の知らせが、「引き取り指定日をお守りください」という市民の協力を求める依頼と共に、各家庭に配布されるようになりました。

当日は待ってましたとばかり、家にとっておいた大きなガラクタがここぞとばかりに引っぱりだされます。机や椅子は勿論のこと、真空管式のテレビから丸みを帯びた旧型冷蔵庫まで、あらゆる種類のゴミが各建物前に山と詰まれます。その日は「粗大ゴミから宝を発見する専門家」が大活躍。主に地方から足を運んできたジプシーなどが、アンティークや電化製品の部品などのお宝集めを請け負っています。

この日は荷台のついた車(これらの車自体が粗大ゴミになりそうなほど)が朝から何台も行き交います。修理や解体をし、手を加えれば現金にかわりそうな品物は、瞬時にゴミの山から消えていきます。一昨年、処分しようと古いコンピュータのモニターを所定場所に置き、試しに十分後に見に行きました。見事にモニターの姿は消え失せていました。捨てる神あれば拾う神ありの如く、お宝収集の陣取り合戦も過熱気味で、それぞれの指定場所にジプシー達が椅子をだしてゴミの山を見張るようになりました。

ブダペストの住人にとっては「今日はゴミの日」とわかっていますから、大量のゴミが道に山積みにされていても不自然さを感じません。しかし、数日しか滞在しない観光客の目には、ブダペストはゴミの山と映ってしまうかもしれません。

画像上右:目抜き通り。山積みされたゴミに観光客はびっくり
画像上左:分別ゴミ用のゴミ箱
画像中右:学校で不要になった椅子
画像中左:ゴミを見張る請負人ジプシー
画像下右:ゴミというより材料のよう
画像下左:家庭ゴミ用のゴミ箱

【短信】日本でも報道されたようですが、去る3月15日の「革命記念日」では野党の大集会によって、再び昨10月と同様の大きなデモが起こりました。ある程度予想されたことでしたので警察は警備体制を事前に強化していましたが、よりによって大集会が行われたのは昨年と同様に中心街近辺。9年前に36歳で首相になりもてはやされた現野党党首のオルバーン・ビクトール。何が何でも与党の長に返り咲きたいようです。(3/22)


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