■聖イシュトヴァーンの制裁 2006.9.5 update

国民の喜びが最高潮に向かう最中に大惨事が起こった8月20日。来年からは悲しい想い出を呼び起こす記念日となってしまうかもしれません。

ハンガリー建国の父と謳われる聖イシュトヴァーン王の祝日。千年の長い年月を経た現在でも、未だに国民に敬愛されています。毎年国会議事堂前では朝からセレモニーが開催されます。首相や大統領などの要人が並び、騎馬隊が整列。国旗が掲げられ、集まった市民が鼓笛隊の演奏に併せて国家を斉唱。今年は軍隊による宣誓に初の女性が選ばれました。22歳のネーメット・チッラは、既に幼少の頃に入隊を決意したとのこと。緊張した面持ちで立派に宣誓を終了、ショーヨム大統領としっかり握手する姿は早速市民の話題を呼びました。

夕方には、大聖堂の聖体顕示箱に納められているイシュトヴァーンの右手が大聖堂前をパレードします。司教が厳かに説教を垂れ、聖堂前に立ち並ぶ群集は静粛に拝聴。強い陽射しの元、聖堂前の広場は厳かな雰囲気に包まれます。

ドナウ川を見下ろすブダの王宮では、民族芸術フェスティバルが祝日3日前から行われます。地図や民族ダンスの順番が記載されているパンフレットが配られるなど、以前にくらべて企画が組織立ち、訪問者がより楽しめるように案内がスムーズになってきました。

また、この年に初めて収穫された小麦で練られたパンを奉る「パンの記念日」としての催し物も、英雄広場裏のヴァイダ・フニャディ城や各地方で行われます。

最後の締めくくりは夜9時からドナウ川上空で打ち上げられる花火。以前は楕円になってしまう花火が細々と打ち上げられていたハンガリーの技術でしたが、年月を重ねるにつれ形は限りなく円に近づき、尺玉も使っているのかと思うような大きな花火も増えました。

ブダペストだけでなく地方から訪れる国民や外国人観光客を飽きさせないよう、スペアリブやソーセージを鉄板で焼く川沿いに立ち並ぶ屋台に、今年は移動トランポリンと回転ブランコが加わりました。

口寂しさを紛らわせるおつまみや乾いた喉を潤す飲み物を提供する出店すらなかった共産主義崩壊当時の十数年前と比べると、年々祝日のイベント規模が大きくなってきていることが伺えます。

しかしなんと言っても、派手さのレベルを一挙に引きあげた企画は「レッドブル・エアーレース」。栄養ドリンクブランドのレッドブルが、新しいタイプの飛行競技を起草したのが2001年。初のエアーレースが現実となったのは、2003年のレッドブル製造元のオーストリア上空でした。世界曲技飛行チャンピオンの実力を持つハンガリー人飛行士ベシェニェイ・ペーテールに助言を得て行われた航空競技は大成功。2004年にはブダペストの上空が競技場所として選択されました。世界でも有数の実力者である11名のパイロットが、スピードと技術と正確さを競い合う飛行レース、2006年はバルセロナやイスタンブールなど世界9ヵ国を巡るワールド・シリーズにまで発展、ブダペストでの開催日は聖イシュトヴァーンの日が選ばれたのです。

各飛行機はブダペストから十数キロ離れたブダウロシュを出発、数十万人もの観衆が見守る中、ドナウ川川下からやってきて観光名所鎖橋の下をくぐり国会議事堂前で演技を披露。炎天下、老若男女がポップコーンやハンガリー名物菓子クルトシュカラーチを頬張りながら、パイロットの勇気ある飛行に歓声をあげます。

そして、待ち遠しい夜の打ち上げ花火でこの日は楽しく終わるはずでした。警官達が最後の勤務の配置につき、ドナウ川をまたぐそれぞれの橋の通行規制が始まり、着々と準備が進められていきました。

悲劇が始まったのは、まさに、お祭り絶頂の幕開けから5分とたたない9時過ぎ。最初は猛烈な突風と大雨の音が耳をつんざく花火の音と合間って、それが嵐とは気がつきませんでした。次々となぎ倒される木々、強風に引き剥がされる建物のレンガや屋根の瓦。割れる窓ガラス、ひしゃげる仮設舞台の足場。人々はパニックに。ところが予定されていた30分の花火打ち上げは中断されることなく最後まで続けられたのです。けが人や迷子が続出、ドナウ川では船から投げ飛ばされた見物客が行方不明、救急車と消防車のサイレンはひっきりなしに鳴り響きました。

安全対策中央部からは正確な情報が行き届かず対処は遅れがち、市内の5つの病院では救急車で運ばれる重軽傷患者で溢れかえり、座るところもないほどに。路面電車や郊外への電車はストップし、家に帰れない見物客が右往左往していました。

実は、花火打ち上げ予定30分前には気象庁が「嵐が来る予兆がある」と市に警告、花火主催者である政府は無視したそうです。防災局とこまめに連絡をとりあい、予想しうる災害に備えていたようですが、被害を抑えることはできませんでした。

「こんな天災は初めてと言えるかも」とは友人たちの言葉。多くの人が集まる祝日とは関係なく、突然訪れる自然災害への対処に慣れていないようで、いかに日本が台風や地震、火山などの災害に囲まれ、日頃から訓練をしているかと痛感しました。

翌日は割れた窓ガラスや飛び散った屋台の皿、倒された木々は殆ど市によって片付けられており、中心街は何事もなかったように観光客で賑わっていました。しかし数名の死者をだしたこの度の大惨事。来年からは規制が厳しくなることが予想されます。年々派手になるお祭り騒ぎ。本来は聖人を祀る静粛であるべき祝日。イシュトヴァーン国王が浮き足立ちすぎた国民にお灸をすえたのかもしれません。

画像右上:レッドブル・エアーレース
画像左上:エアーレース、国会議事堂前での演技
画像右中:エアーレース、鎖橋の下をくぐる
画像左下:橋の上の打ち上げ花火準備
画像右下:嵐でなぎ倒された市内の木

【短信】色々なイベントが続いている8月ですが、9月も各地方で行われるワインフェスティバルなど様々な企画が満載です。本文でご案内しました8月20日の祝日での大惨事、気象庁や花火の企画者であった政府の間で責任の擦りあいが早速繰り広げられています。それでも市民の生活は何事もなかったように早々と正常に戻りました。(8/24)


<<もどる