■流氷に洪水、ハンガリーの河は大忙し 2006.5.16 update

首都ブダペストをブダ側とペスト側に分割するドナウ河。「ドナウの真珠」と呼ばれ旅行客を常に満足させてくれる美しい光景を織り成していますが、今年は冬の時期から大忙しでした。昨年末は気温があまり下がらず降雨量の多いクリスマスとなりましたが、2月になって急にヨーロッパを襲った寒波がハンガリーをも襲い、河には見事な流氷が現れました。完全凍結とはなりませんでしたが、分厚い氷がスロバキアと国境を接する川上からゆったりと流れてくる様子は荘厳でした。

ブダペストで最後にドナウ河が完全に凍結したのは1985年。河が凍っても仕事や日常生活に支障をきたさないブダペストっ子達は寒空の元、今年の完全氷結を期待して流れる氷をファインダーに納めたりのんびり眺めたり。数日続いたマイナス10度前後の気温では残念ながら河を完全に凍らせるには十分ではなかったようで、そのまま季節はゆっくりと春に移行していきました。

以前、ブダペストから46キロ南に位置するラーツケヴェという街で、凍ったドナウ河の上を歩いてみました。地元民は慣れた様子でスケートを楽しみ、鴨は凍っていない場所を探し出して優雅に泳いでいました。ブダペストでも凍った河の中央から鎖橋を眺めてみたいと思ったものでした。19世紀半ばに鎖橋建設を手がけたセーチェニ・イシュトヴァーン伯爵は、ドナウ河が凍ってしまったために渡し舟が出港できず、反対側で行われた父の葬儀に出られなかったために橋を作る構想を思いつきました。

さて、毎年黒ツグミがさえずり、木々が芽吹き始めることになると、オーストリアアルプスの雪解けが始まって大量の水が流れ込んできます。今年は久しぶりに川沿いを走るトラムが一時運休となるほど水かさが増しました。流氷の時と同様に洪水がおきても困らない一般市民はむしろ大喜びで、平日でも写真撮影のために人だかりが。週末には多くの家族連れが見学にやって来ました。ここぞとばかりにおつまみや飲み物をだす屋台が出店され、口寂しい見物客の胃袋を楽しませていました。

遊覧船の発着所の壁に歴史上の最高水位を記す石版が張られていますが、今回の洪水はその記録を追い抜かすのにあともう少しでした。ブダペストの街を巡ると、歴代の洪水記録を示す石版が建物の壁や教会の側面に設置されています。大人の背丈ほどの水位で、川から数キロも離れている内陸部なのにここまで水かさが上がったのかと不思議なぐらいです。

久々の本格的な洪水騒ぎをお祭りのように楽しんだ都市部でしたが、近郊の街エステルゴムやセンテンドレの河岸に居を構えている家は毎年浸水に悩まされます。暖房をつけて家を乾燥させ大掃除をする友人たちは、心待ちにされる春の到来だけど頭痛の種でもある、と愚痴をこぼします。

ブダペストでは客観的に洪水を楽しむことができますが、ハンガリー北東部に位置し大平原を突き抜けるハンガリー第二の河、ティサ周辺では呑気に構えてはいられません。昔は盆地上の大平原を蛇行していた川の洪水を利用して農耕や牧畜が栄え、現在では魚釣りやセーリング、ボート漕ぎで賑わい、郷土料理の川魚スープを楽しむことができる観光場所として有名です。国境向こうのカルパチア山脈の雪解けでおこる洪水は今に始まったことではなく、前述のセーチェニ伯爵が経済改革の一環として川の流れを直線状に改修し、高い堤防を建設しました。毎年多くの家屋を壊滅させる大洪水、復興作業のたびに事態の深刻さが問われても政府は資金不足で問題を根底から解決することができません。ハンガリー南部は都市部と比べて貧しく、特に被害が大きい地域は悲劇的です。

つい先日にはこのティサ河で記録的な高水位となり、多くの人が避難をし、堤防が決壊しないよう24時間休みなく土嚢が積まれました。今も尚、水位が余り下がらず、水が引いた後の清掃や交通の復旧に相当の時間がかかると予想されています。また災害などに対する国の予算が間もなく底をつくため、日常生活に戻るにはまだまだ困難な問題が山積しています。

画像右上:土嚢で洪水をせき止める
画像左上:鎖橋周辺の様子
画像右中:国会議事堂前の流氷
画像左下:自由橋から望む流氷
画像右下:ブダペスト・ドナウ沿いの沿線浸水

【短信】此方は4/23に総選挙が終わり、現連立与党が勝ちました。1989年体制崩壊後の選挙で2期連続して与党になった政党は今回が初めてです。4/22頃から春を一気に通り越した夏のような強い日差しとなり、連日25℃を越す汗ばむ陽気となっています。


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