|
元共産主義国の風物詩といえば、物不足の象徴として揶揄されていた行列。旧ソ連圏では店舗の前で行列を見つけたら、「何が売られているかの確認は後にして、まずは列に並べ」と言われていました。それらの他の国々より比較的自由で豊かであったハンガリーですが、今日見られる行列は店員や窓口の無用なお喋りから成り立っていることがほとんどです。
2004年5月のEU加盟により欧米諸国の生活スタイル流入が更に加速し、大型販売店や銀行などの従業員の接客態度は徐々に改正されているために待ち時間は短縮されてきました。しかし、順番待ちをする人々が一列に並び、レジや窓口が空いた順に前に進むお馴染みの習慣が浸透するにはまだ時間がかかりそうです。
薬局においては行列の意味合いが全く異なります。薬剤師が懸命になって長蛇の列を効率よくさばこうとも、患者の側がそれを許しません。ハンガリーでは病院での治療行為と治療薬の販売は分業なので、処方箋を元に薬局で薬を購入します。解熱剤やビタミン剤以外の薬は病院からの処方箋なしでは購入できないのですが、風邪をひいても病院へ行く手間が煩わしい人々が自分にあった薬を薬剤師から何とか引き出そうとカウンターで交渉を繰り広げるのです。つらい症状をおして薬剤師に懇願し、背後で長蛇の列ができようともおかまいなし。単なる消毒液や包帯を買い求める人に混じって、脂汗をたらし足元がふらつきながらも辛抱強く自分の番を待つ人々の忍耐力は見上げたものです。
高齢の方への対応時間は更にその倍に。処方箋を持っているにもかかわらず、老人達は処方された薬に対しての不満や質問を薬剤師にぶつけるからです。既に担当医と交わされている筈の会話の繰り返しに過ぎないのですが。薬剤師の態度も毅然としたもので、処方箋以外の薬提供は徹底して拒否します。
未だに身内意識の高いハンガリーでは、レジや受付などでお客より家族や友人が優先されがちですが、総合病院併設の薬局でもその傾向がみられます。風邪気味の外科医やお腹の調子の悪い看護婦が、真っ青な顔をして待っている患者を飛び越え薬剤師から薬を購入しようとします。最近流行しているインフルエンザの動向などの世間話をしながらですから、いつになっても患者の番が回ってきません。
通常、ハンガリー人は自分に処方される薬に対する意識が高く、メーカー名や解熱剤、鎮痛剤といった分類で探すのではなく、成分を理解した上で薬を求めます。「頭が痛いのだけどアスピリンを持っていない?」と聞かれ、常備する日本製の市販頭痛薬の成分をあまり理解していないことに気がつきます。「鎮痛剤なら持っているけれど」と勧め、幾度も「それならいらない」と断られました。
もし旅行中に起こったちょっとした怪我や頭痛などのトラブルが絆創膏や鎮痛薬程度で解決できるようであれば、杯に蛇がからみついた絵が記されている看板を探してみてください。ハンガリーでは薬局が数多く点在し、容易に見つかります。英語が通じる薬剤師は少ないですが、ハンガリー語で延々と薬剤師に痛みを訴える老人達と購入時間はほとんど変わらないでしょう。
以前、ハンガリー製の薬は手頃な価格で品質も良いという評判で西側諸国に輸出されていましたが、現在ではハンガリーの医療市場が先進国から将来の有望なマーケットとして注目されています。特にドイツからの医療器具や医薬品輸入が際立っています。また、味が濃く油っこい伝統料理を好んで食していたハンガリー人にも近年健康ブームが訪れ、有機野菜やお茶と共に健康食品やサプリメントを販売するお店が目立つようになってきました。
共産時代には医療機関のサービスは無料で受けられましたが、1989年に体制が崩壊してからは治療費や薬の数パーセントを国民が負担することになり、今年も国の補助が減少したために薬の価格が値上がりしました。あまり裕福ではない年金生活者は医療費や薬にかかる費用を心配し、「おちおち風邪もひいていられない」と、春の兆しが見えてきたブダペスト市内を元気に散歩しています。
画像上:杯に絡む蛇が目印の、薬局の看板
画像中:ある薬局の入り口
画像下:込み合う薬局内
【短信】此方は一時期汗ばむような陽気になりましたが、今は春の陽気にちょっと冷たい風がそよぎ、気持ちのいい日が続いています。日本での2週間強の滞在も終え、慌しい世界から気の抜けた世界に戻り、漸くいつものペースに戻りつつあります。(3/24)
|