■ハンガリー版養命酒「ウニクム(UNICUM)」 2005.2.7 update

アルコール度数が40度以上ある蒸留酒・パーリンカや、口あたりのやさしいワインをつい飲みすぎて、二日酔いに苦しむ翌日。この焼け付くような胃を浄化してくれるのはアルコール度40パーセントの「ウニクム」。深みのある鉄色をしたハンガリー版養命酒ウニクムは、疲れた胃をやさしく労わってくれます。

二日酔いで身悶える身体に、更にアルコールを流し込むなど正気の沙汰ではないと、ウニクムを遠ざけないでください。1790年にハプスブルク帝国の宮廷お抱え医師であったズワックが皇帝ヨージェフ2世に消化を助ける万能薬として献上し、「他に比べるものがない」と言わしめたのです。丸い寸胴な形の瓶に貼られているラベルは、赤い下地に白で縁取られた金色十字マーク。いかにも二日酔いから救ってくれそうではないでしょうか。

20代のズワック・ヨージェフがハンガリー初のアルコール飲料の生産工場を立ち上げたのは、ドクター・ズワックが皇帝を唸らせてから50年後の1840年。40種の薬草をブレンドして作られるウニクムだけでなく、200以上のブランディーやリキュールも同時に生産しました。ズワック家によるファミリー・ビジネスは順調に発展、会社は王室御用達に任命され、国内や海外で数々の賞を獲得します。

ところが華々しい、ズワックの手による魔法のお酒も、ヨージェフの孫ベーラとヤーノシュの世代になり悲劇を迎えます。第二次世界大戦で工場が爆撃に見まわれた後に最新設備を導入し見事に再建、ベーラとヤーノシュの努力が報われたと思われた矢先に、1948年には共産主義、ソ連の手に落ちたハンガリー政府に工場と自宅を没収されてしまったのです。工場は国営化され、ズワック家はアメリカに移住しました。

ズワック家の家宝であるウニクムのオリジナルレシピは、家族がハンガリーを離れるときに隠しもって行きました。ハンガリー・カナダ合作映画「太陽の雫」(1999年)では、19世紀の終わりにハンガリー系ユダヤ一家ゾネシャインが、財をなした薬草酒の秘伝のレシピを戦争の混乱時のさなかに家族と共に失ってしまうことが描かれていますが、ウニクムのレシピも門外不出でした。共産主義政府によって工場は継続的に運営されていきましたが、詳細な材料のブレンド方法や技術手法はズワック家から隠されたままでした。

アメリカでアルコールビジネスを学んだ4代目のペーテールが、社会主義体制が崩壊する直前の1989年7月に工場の経営権を取り戻し、1991年に私営化しました。

近年高度経済成長が目覚しいブダペストでは、新しい喫茶店やバーが次々と開店しています。人々はお洒落なカクテルや外国産のアペリティフを好むようになり、ウニクムを注文する若者はあまりいなくなってきました。古き良き時代を謳歌していた世代は、小さいグラスになみなみと注がれたウニクムを一気に一口で飲むのがマナーです。ウニクムのサイドはビールがお決まり。若者で流行っているバーに迷い込んだ年配が、きゅっと一口でウニクムを飲んだ後にビールを飲み、「我こそが本物のハンガリー人」と息巻いていました。

常々、最新の設備と技術を導入してきたズワックの経営方針ですが、基本の製造工程は200年来変わっていません。原材料の一部を30日間水に浸して柔らかくし、別の材料は蒸留し、両方の材料を少なくとも半年以上樫の樽でブレンドします。勿論苦さと甘さの絶妙なバランスは代々守り続けた秘密のレシピのお陰です。あなたも皇帝のように、食べ過ぎたり、飲みすぎで疲れた胃をハンガリーの薬草酒で元気にしてみませんか。


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