■甘党、ハンガリー人 2004.8.5 update

本格的な夏が到来すると、コーンの上に三重にもなったアイスクリームをなめながら、通りを行き交うハンガリー人の姿が頻繁に見られるようになります。最近ようやく定着したソフトクリームも、彼らの好物のレパートリーになりました。ハンガリー人は甘いものが大好き。通りに面した喫茶店には、強い日差しを避けるパラソルの下に簡易テーブルと椅子が置かれ、仕事の合間や午後のひと時をケーキやコーヒーで楽しんでいます。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ブダペストには六百件以上ものカフェ・ハウスが開かれました。若き日の芸術家や作家、新聞記者達が24時間営業のカフェで、明け方近く空が白み始めるまで談義を繰り広げていました。

ブダペストで最も由緒正しきカフェ・ニューヨーク。19世紀末にニューヨークの生命保険会社がハンガリーで事業を拡大するために建てた4階建て建築物の1階に、喫茶部門がありました。大理石やブロンズ像、アール・ヌーヴォー調のフレスコ画で飾られた格調高い喫茶店には、映画「カサブランカ」の監督マイケル・カーティスといった常連客だけでなく、若き日のオペレッタの大御所カルマン・イムレやトマスマンなどがいました。貧乏作家達のためにチーズとパン、ハムやサラミを組み合わせた「作家定食」が用意され、出世払いも許されていました。著名な作品の考案が、一杯のコーヒーと甘いケーキと共に練られたことが容易に想像できます。残念ながらカフェへの入場料の徴収やサービスの質の悪さで評判を落とし、数年前に閉店。現在は外国企業の投資の元、改築工事がなされています。

カフェ・ニューヨークに対して、双璧の歴史と名声を持つ、現在でも老舗の名に恥じない佇まいを保ちつづけているカフェ・ジェルボーが、街の中心地に店をかまえています。屋号と創業1885年の年号が印字されたチョコレートの板が、それぞれのケーキに添えられています。エステルハーズィ・トルタは自慢作のひとつ。百年前に今と同じレシピで生産された、ハンガリー貴族名を冠するトルタ。アーモンドをベースにしたスポンジとバタークリームの層が何重にも織り重なっています。

19世紀末にドボシュ氏によって開発されたドボシュ・トルタも代表作。ブダペストのみならず国境を越えてドボシュ旋風を巻き起こし、ブダペストの博覧会では大きなブースを獲得、ハプスブルグ帝国皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベート皇女が訪れ、褒め称えたとのこと。以来、ブダペスト中のパティシエがドボシュ・トルタを模倣していきました。ハンガリー人の甘党を理解するために学術的分析はいりません。開店当時を思い起こさせる優雅な内装に囲まれて、ブダペスト市民の胃袋を魅了してやまないエステルハーズィ・トルタやドボシュ・トルタを頬張ればいいのですから。

しかし最近では若い世代を中心としたライト嗜好の傾向で、デザート文化にも転換期がやってきたようです。太った初老の男性が、喫茶店でケーキを躊躇なく二個三個と平らげる姿もあまり見かけなくなりました。生クリームとチョコレートに埋もれたスポンジ生地のデザート、ショムロイ・ガルシュカ。以前は大皿からはみでるほどのボリュームが給仕されていました。今では甘さも量も控えめになり、ファッショナブルでコンパクトにまとまったデザートが徐々に浸透してきました。でもカフェが大事な社交場であった時代にタイムスリップできる喫茶店は、ブダペスト市内に健在しています。そんなカフェの厨房では若きパティシエが、次世代のハンガリー人の心を捉えようと、繊細かつ斬新なレシピ開発に余念がありません。




画像右上:アイス好きのおじさん
画像左上:改修中のカフェ・ニューヨーク
画像右下:19世紀末にドボシュ氏によって開発された「ドボシュ・トルタ」
画像左下:ケーキ各種

【短信】先週末から日中、35℃を超えるようになり、夏本番を迎えております。地方では向日葵が満開になっている所も多くなり、見渡す限り黄色い絨毯のような畑に出会うことがあります。(7/23)


<<もどる