■イースター島とオランダ人 2007.2.20 update

ただいま。2ヶ月もの旅行から帰ってきました。あまりにも長い時間旅行していたもので、一個所(自分の家)に長く滞在するのが変な感じです。今回は、オランダからほぼ地球の裏側にある、イースター島+タヒチ+クック諸島などに行ってきました。その中でも、イースター島はオランダ人とかかわりがあります。

そもそもイースター島が「イースター島」と呼ばれる事になったのはオランダ人のせいなのです。1722年のイースター(キリスト教のお祭り。4月ぐらい)にイースター島前を船で通りかかったヤコブ・ロホフェーンというオランダ人が「パースアイランド(オランダ語でイースター島という意味)」と名づけたのです。

このロホフェーン、ミデルブルグ出身で、旅から帰ってきた後、ミデルブルグの教会とケンカして追い出され、当時敵対関係にあったアルネマウデン(私が住む村)に住んでいました(ミデルブルグとアルネマウデンは隣同士の村)。現在「ロホフェーンハウス」という老人ホームがあるのですが、そこの中庭にモアイ像がたっていて、「なぜこんなところにモアイが???」と思っていました。彼の名前がついているからなんですね。

そのイースター島、現在チリ領なんですが、そのチリとタヒチの真ん中、だいたいどちらからも4,000kmぐらい離れていて、まわりにはなーんにもありません。よくこんなところにある島を見つけたなあ、と感心するぐらいです。コンパスのほんの0.1度ぐらいのずれでもう見つけられないぐらい。島の周囲は60kmほどしかない、ほんとに小さい島なのです。そこに、有名なモアイがあっちにもこっちにもボコボコありました。16世紀から17世紀ぐらいに島で戦争があって、ほぼ全部のモアイが引き倒され、壊されてしまったので、今直立しているモアイは後で立て直されたものか、作ったものの使用されずに終ってしまったもののどちらかです。


イースター島へ行くまでは、モアイがいったい何なのか知りませんでした。モアイは、アフという、四角い舞台のようなものに乗っています。これはまあ、お墓なんですが、アフの中には、島の実力者だった人や、強かった戦士など、島の重要人物が葬られています。そういう強い人々は、死んでなお、日本で言うと怨霊というか、守護霊というか、霊になって部族を守ったりするわけです。その霊の力のパワーアップアイテムがこのモアイなのです。

アフに1人祭られていれば1体、7人なら7体のモアイが乗っています。モアイをたてる時に、プカオという赤っぽい帽子のようなもの(ちょんまげだそうです)と、目を入れます。目はとても重要で、目を入れた事によってモアイからパワーが出るのです。だから、部族間で戦争があった時、まず何をするかと言うと、モアイを引き倒してその目を破壊するのです。そうすれば、村を守る力がなくなって、そのモアイを壊された部族が負けるからです。ちなみに、ロホフェーンや、有名なキャプテンクックが1774年に上陸した時には、まだ半数のモアイが残ってたそうで、最後のモアイが倒されたのは、1840年だそうです。


などという知識をつけつつイースター島をマウンテンバイクで走り回りました。車では行けない場所がけっこうあって、歩きか自転車(またはレンタル馬)でしか行けない場所にも行きたかったからです。向こうでは初夏、という事で、日焼けしました。んもう真っ黒です。空気に全然湿気がなく、日差しがダイレクトに肌に届くという感じです。生ぬるい度数の日焼け止めではまったく効きません。

車でまわってちょっと下りて、という観光ならそんなに焼けないと思うのですが、1日日差しの下で自転車を漕ぐとうっかりすると日焼けなのかヤケドなのかわからないぐらいです。皮膚が死んでその下に汗が溜まって水脹れのようになったり。よく日焼けする環境にある人はわかると思いますが、皮膚がはがれるのが間に合わず、その古い皮膚の上に出てこられない汗が皮膚の下にたまって、昔懐かしい水疱瘡のようになるのです。最初は何か悪い病気になったのか?と思ってドキドキしましたが、何の事はない、ただの日焼けでした。


イースター島では、チリ領なのでスペイン語がメインでした。私はまったくスペイン語ができないので、コミュニケーションに少々苦労しました。次回はインカの遺跡のあるペルーのマチュピチュへ行きたいと思っていますが、南米大陸ではイースター島以上にスペイン語ができないと苦労しそうなので、少しは勉強してから行かないとな、と思います。なお、オランダ語とスペイン語は全然似ていません。ほんの少し似た単語がある時がありますが、その程度では会話も何も、、、。

オランダへ帰る途中にちょっとだけ日本に寄ってきましたが、ユーロがなんと160円まで上がっていますね。チューリップのシーズンにオランダに来る計画をたてている人もいるでしょう。大変ですね。私は日本でユーロをいまのうちに沢山日本円に両替しておけばよかったかな?と思っています。まだまだ上がるのでしょうかね?

画像説明文
画像1段目右:15体もアフに乗っているのもある。
画像1段目左:これらは、完成はしたが、運ばれる事なく終ってしまったもの。何十年もたつうちに、体は土に埋まってしまっている。
画像2段目右:人間と比べるとよくわかるが、顔だけでも相当大きい。大きいもので20 m近い。
画像2段目左:この山全部がモアイ製造工場。あちこちにモアイを切り出している跡がある。
画像3段目右:イースター島の周りは海岸はほとんどなく、切り立ったガケで囲まれている。
画像3段目左:海はどこまでも青く、波は水色。いつまで眺めていても飽きない。
画像4段目右:私の妹が住む宮崎の日南海岸というところにも、イースター島の老人会(?)が許可したというモアイの複製が立っています。ちょっと新しすぎて風情がない感じがしますが。ちなみに、イースター島ではモアイにさわったり、アフの上に乗ってはいけません。宮崎では全然問題ないようですね。

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□モアイいろいろ

作った人、作った年代によって、顔が細長かったり、四角かったり、鼻が高かったり広かったり、色々な表情をしている。


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