■トルコ国旗に敬礼! 2005.6.20 update

トルコで暮らすようになって驚いたことのひとつに、祝日になると全テレビ局の画面の隅にトルコ国旗が表示されるというものがあります。そういう日には、町を歩いても、各家庭の窓に国旗が飾られているのが見られます。国旗掲揚、国歌斉唱が議論の対象となっている日本から来た私には大げさに映るほど、国旗に対する敬愛はトルコの人々の心の奥深くにあるようです。テレビ画面には国旗とともに、建国の父であるムスタファ・ケマル・アタテュルクの肖像が写されているときもあります。

たくさんの民族が交じり合って暮らすトルコという国を、赤地に白で月と星を抜いた旗の下に、ひとつに纏めようとしたアタテュルクの功績をたたえる気持ちが、時には旗の神格化という(日本人の私にとっては)奇妙な状態を生むことにもなっています。とにかく、アタテュルクとトルコ国旗は、この国では触れてはならないタブーになっているようです。

先週も、この国旗の神格化を象徴するような事件が起こりました。有名女性歌手が、「国旗を冒涜した罪の疑い」で、突然警察に連行されてしまったのです。彼女がした「国旗への冒涜」は、彼女が司会をするトーク番組で、国旗のマークが入った太鼓の上に観客の子供の一人が乗ったというものだそうで、とある地方の視聴者からの苦情電話をもとに事情聴取に踏み切ったとのことです。警察署から出てきた彼女は、「気がつかなかった、目に入っていたら絶対に止めた」というコメントをしていました。

外国人の私からすれば、そういったコメントをしなければならないこと自体が(そんなバカな・・・)という話ですが、真剣にテレビをチェックして、「冒涜が行われていないか」目を光らせている人が確かに居るのです。もちろんこの歌手は無罪放免となったわけですが、国旗に対する意識を高めるためなのか、このての事情聴取は省略されずに必ず行われ、ニュースにもなります。

数年前にも、祝日の特別番組で、国旗と同じデザインの風船がたくさん振ってくるという演出があったあと、床に散らばったその風船を、場所を空けるために歌いながら足でよけた歌手が、国旗を足蹴にしたと訴えられて事情聴取、というのがありました。こちらは苦情を訴えた人が裁判を起こすほどの大騒ぎになりました。もちろん、結果は無罪放免となりましたが。

ほかにも、芸能人がアタテュルクに関してネガティブな発言をした途端にテレビ画面から消えてしまった、というものもあったそうです。それはまた違った問題なのですが、この国旗事件はあまりにもばかばかしく、うっかりひっかかってしまってはたまらないと思ったので、実際、国旗に関してどんな決まりがあるのか調べてみました。すると実に、全41条にわたってこまごまとした決まりが記載されています。旗の大きさ、許される布地の素材、飾り方などの基本から、飾りかた、飾ることの出来る場所、国旗に対してしてはならない禁止事項まで。先にお話した事件は、この「禁止事項」に引っかかったものと思われます。

「禁止事項」を抜粋して訳してみると、
○国旗は、破れた状態、糸が抜けた状態、つぎはぎのある状態、穴が開いた状態、汚れた状態、色があせた状態、しわになった状態、もしくは国旗が有する精神的な価値が損失した状態で使用されることを禁ずる。
○第21条(亡くなった方の棺を国旗で包む場合においての決まりが定められています)で明記したほかには、どのような形であれ物を包むために使用してはならない。
○座る、もしくは立つ場所においてはならない。
○衣類もしくはユニフォームとして着用してはならない。机、演壇など、物の上に旗の形を記してはならない。
となっています。

でも、そうなるとファッションショーや芸能イヴェントなどで嫌味なほどにたびたび行われる、フィナーレを飾るモデルさんが国旗を体に巻きつけたような格好で出てきて大拍手を浴びているのはいったい…? でもテレビでそのデザイナーさんのほかの服より、国旗の場面がより多く流されるところを見ると、苦情はないようです。

また、とあるコメディ俳優さんの一人芝居を見に行ったときのことなのですが、あまり盛り上がらない芝居のあとで、芝居の最後に大音響で国家が流れ国旗がするすると降りてきて、観客がいきなり起立して大合唱、後に鳴り止まぬ拍手ということがあって、あっけに取られたこともありました。とりあえず国旗を崇める動きをすれば拍手がもらえる、という安易な考え方のように映って、芸人、もしくはデザイナーとして潔くないなあ、とこのようなものを目にするたびに、わたしは非常にすわりの悪い気持ちになるのです。

似たようなもので、外国人の歌手、タレント、モデルさんが、トルコ国旗を振って国歌を歌って「トルコ国籍になります」「トルコが大好きです」と宣言して芸能欄のトップに躍り出ることもあります。私にも、こういう発言を引き出したい記者の方の質問がたびたび来ますが、そういうのって、ちょっと違うと思うのです。もちろん、そんなことを公の場で発言して、「国旗冒涜の罪」で連行されてはたまりません。とりあえず外国人である私にわかったことは、「触らぬ神にたたりなし」。

あるものが必要以上にシンボル化されると、さまざまな人がいろいろな形で、自分の利益のために利用しやすくなるような気がします。それは簡単で、トルコで人々の前に出て暮らしている私にとって、いろいろなものへの近道ではあると思うのだけれど、この国が好きだからこそ、いつも潔くありたいと思うのです。

画像上:トルコ国旗の三日月と星は、進歩・国民の一致・独立を象徴し、赤色はオスマン朝の色とされている。
画像下:紙幣には、“トルコ建国の父”ムスタファ・ケマル・アタテュルク(1881-1938)の肖像が。


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