■野良猫天国イスタンブル 2004.12.6 update

イスタンブルの街中のそこかしこには、野良犬や野良猫が我が物顔で闊歩している姿がみられます。私たち日本人が持つ「野良」のイメージを裏切るように、みんな丸々と太って目つきも穏やかです。中には、近づく人を見かけると寄って来てお腹を見せる野良猫や、ちぎれるように尻尾を振る野良犬までいます。

狂犬病の問題でかなりの野良犬が保健所に連れ去られたり、飼い主を見つけてもらったりして、道端で見かけることはだいぶ減りましたが、それでも、野良猫にとっては、イスタンブルはまだまだ天国。お肉屋さんの店先やレストランのテラスに出されたテーブルの下で、じっとおこぼれを待つ猫たちを見るのはとても心が和みます。

この猫たちがお腹をすかせたり凍え死にすることがないように、率先して面倒を見ている「猫おばさん」と呼ばれている人がたいてい街の一区画に一人はいます。私の住んでいるジハンギル地区では、街のシンボルが猫のシルエットであることからも分かるように、イスタンブルでも最も猫好きの集まる街といわれています。

お肉屋さんで買い物をしていると、横から「猫のために少し包んでね」という声が聞こえました。彼女は近所でも有名な猫おばさんです。家の前に、段ボール箱で野良猫の寝床を造ってあげて、毎日えさをあげている人です。お肉屋さんも、肉の切れ端をいやな顔ひとつせずに包んであげます。このお肉屋さんが、肉を掃除しているときに、店先で待っている猫にひょいひょいと投げやっているのをみることもありました。みんな猫が大好きなのです。

また、近所の人になぜか英語名で呼ばれている、モスクの水飲み場に何年も住んでいるホームレスのおじさんは、いつも野良猫に囲まれています。はては近所の野良猫が子供を生んでしまったと、こっそりその水飲み場に置いてゆく人まで居るそうです。もちろん、そのホームレスのおじさんは、分け隔てなくその猫たちも受け入れて、20匹以上の猫の群れと暮らし続けています。私をはじめとして猫好きの人たちが、要らなくなった毛布などを猫たちのために寄付することもしばしばで、ここはまるで近所の野良猫避難所のような状態です。

イスラームの預言者の一人が猫を飼っていた記述があるので、トルコの人は猫を大切にするという人がいましたが、実際聞いてみると、その記述さえ知らない人もたくさんいました。本当のところは、弱い人や恵まれない人に施しをするという喜捨の精神から、自然と小さくて弱い生き物である動物たちを守ってあげようという気持ちがわいてくるようです。またそういった弱いものに対するいい行いが、死後の審判のときに加味されると考え、宗教上の善行である「セバップ」を積んだと安心する人もいます。理由は何であれ、トルコの人たちは、犬、猫、また子供や老人などの「弱い存在」に対して何かせずにはいられない人たちのようです。

トルコでは野良猫に「道の猫」という言い方をします。日本語の「野良」の意味を辞書で引くと、飼い主がいない、と載っています。トルコで野良猫という言葉が存在しないのは、街の人すべてが彼ら彼女らの飼い主になっているからかもしれません。トルコの通りを歩いていると、たくさんの「道の猫」に出会うことでしょう。彼ら彼女らはとても人懐こく、店先でじっとおこぼれを待っていたり、車の上で昼寝をしたりしています。トルコに旅行で来ることがあれば、幸せなイスタンブルの「道の猫」たちに是非目を向けてみてください。


<<もどる