■イスタンブルの秋 2003.10.13 update

夏が終わり、短い秋がやってきました。夏と冬が長く、秋と春が短いトルコ。季節の変わり目のこの時期には町売りの人たちも夏物と冬物を一緒くたに売り歩いていて、もう秋が来て冬も近いのか、まだ夏の名残を惜しんでいるのか決心のつかない様子です。町売りのシステムは、小さいころに日本でもあったような記憶がぼんやりとしているのですが、ここトルコではまだまだ現役です。

お休みの日に一日外に出ることもなくぼんやりと家に座っていると、窓の外をそれはたくさんの町売りの人たちが通り過ぎます。朝のパン売りから始まって、ゴマパン、魚売り、八百屋、くず鉄収集、物干し竿、茹でとうもろこし、包丁研ぎ屋とひっきりなしに現れては消えてゆきます。その物売りたちを窓から呼ぶ奥さん方の声や、施しをしてもらって歩く物乞いの歌声、道端でサッカーをして遊ぶ子供たちの声が加わって、秋のイスタンブルの下町は賑やかに、でもなんだか懐かしい雰囲気をたたえながら暮れてゆきます。

古い時代には家の中に篭って家事に専念していたというトルコの女性は、こんな物売りの声から季節を感じていたのかもしれません。夏場に茹でトウモロコシを売って歩いていたおじさんは、冬がやってくるとボザという名の発酵した飲み物を売って歩きます。八百屋さんの呼び声が「スイカにメロン!」から「イチジク、ブドウがおいしいよ」に代わり、禁漁期が終わって魚屋さんの手押し車が「いわしー、いわしー!」と叫びながら通り過ぎるようになると、いよいよ本格的な冬です。道端には焼き栗売りのおじさんが立つようになり、喫茶店では夏場のレモネードの代わりにサーレップというミルク味の葛湯のような飲み物が売りに出されます。

トルコは春夏が短いとはいえきちんと四季があり、移り変わりも実にくっきりしているので、日本から来た私には季節の変化が目に見えるようでとても過ごしやすいです。日本に置き忘れてきた季節ごとの行事の真似事をすることもできるし、暖かくなったからそろそろ杏が出回るころだな、とか、イチジクを市場で見かけるようになったらもう夏も終わってしまったな、とか、食いしん坊の私は季節の変化を食べ物で感じることも多いです。夏場にいっぱい買って作って置いたイチゴのジャムをとりだしたり、安くなった鰯を大量に買って掃除して塩漬けを作ったりするのは冬のお休みの大きな楽しみです。

お仕事の関係上忙しくなるとご飯を作る暇もなくなってしまう私は、トルコ式と日本式の保存食をいっぱい作って冷凍庫に凍らせておくのがお休みの日の大切なお仕事。今日は鍋でカレーを煮ながら、もう一方で安くなった鯖をおしょうゆにつけて小分けにして冷凍する作業をしました。今年は禁漁期にこっそりお魚を獲る人をずいぶんしっかりと取り締まったせいか、大変な豊漁だそうです。秋の始まりにまず出回るさばも、30cm台のものが4ミリオン(約312円)とお魚の高いトルコにあってはまずまずの値段です。

イスタンブルを訪れた旅行者の人が必ずといっていいほどチャレンジする「鯖サンド」も、冷凍ではなく生のものを使うこの時期からが本当においしくなります。鯖のフライまたは焼いたものを、生のたまねぎといっしょにフランスパンにはさんで塩を振ってから、レモンをぎゅっと絞って食べるこのイスタンブル名物には、日本人は最初みんな驚きますが、パンにしみた鯖の油が意外となじんで抵抗ない味です。遠目にイスラーム寺院を眺めつつ海風に凍えながらアツアツの鯖サンドにかじりつくと、6年が過ぎた今でも初めてトルコで過ごした冬の、垂れ込めた雲の下の寂しさや雨の冷たさと、イスタンブルでこれから起こるだろういろいろなことへの期待にほんわりと温まった心を思い出します。

四季のある日本からトルコに来ても、またこの国の季節ごとの思い出が持てるというのはとってもしあわせだなあ、と思うのです。

画像上:シミット(ゴマパン)売り
画像下:町中を車で流している八百屋


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