■車社会、歩行者地獄 2007.8.21 update

東京にはじめてきた時、私の主人は「何でどこにも車が止まってないんだ!?」と驚いていた。彼は友人に東京について話すときにいつも東京の道路には車が止まってないということを強調している。私も数年アテネに住むが、アテネの車の多さには本当に疲れる。最近はこの車との共存生活に慣れてきたものの、ベビーカーを転がして街を歩くようになってからまた別の視点でこの不便さを経験する羽目になってしまった。

アテネの住宅地(高級住宅地ではなく庶民的な地域に限る)は、どんなに細い道でも車で一杯なのだ。最近建設されるアパートには駐車場をつけるのが義務になっているのだけど、昔のものには駐車場はついていない(そのくせ、それぞれのアパートがくっついて建っているし、密集している)。そういう古いアパートはまだまだたくさんあるし、一家族が何台も車を持つこともあるので、アテネの路上駐車は増える一方。わりと幅の広い道ならば車が路上に止まっていても歩けないことはないが、細い道に車が止まっていてさらにその道を車が走っているとなると大変。

ギリシャは交通網が未発達なので、車があれば車を使って移動するのが一番便利。歩いていける範囲のところでも車を持っているギリシャ人は、車で移動することが多い。地下鉄は路線が3本しかないし、バスは頻繁に来るわけではないので、やはり車を使うのは仕方がないのだろう。こういう理由で一日に何回も路上駐車をするので、縦列駐車が大変上手だと思う。

夜遅くベランダから路上を眺めるとピターとくっついて何台も車が並んでいるのが見える(ちなみに8月、バケーションシーズンになるとアテネから人も車も消えるのが良くわかる。路上に止まっていた車の数が激減している今日この頃)。 自宅アパートに駐車場がない人たちが、毎日の帰宅時に近所に空きスペースを見つけ車を停めるのは大変。月曜、水曜、日曜は商店が早く閉まるのでみんな家で過ごすことが多いようで、少し遅い時間に帰宅すると車を停める場所がまったくない。ぐるぐると近所を20分ほどスペースを探して回る。もっと時間がかかる場合もある。

私は車を運転せず、移動はいつも徒歩。最近、ベビーカーを押して歩くようになったせいか、ギリシャの道路の整備の悪さ、車の多さ、駐車のマナーの悪さにイライラしている。停める場所がないといって、歩道に車を停められると歩くところがない。車道は車がスピードをあげて走っているしとても危ない。建築中のアパートの前の歩道は、建築に使われるコンクリートやいろいろなものでふさがれてその部分の歩道は歩くことが出来ない。

バリアフリーなんていう言葉は存在しないため、歩道の段差は激しくベビーカーでの移動の場合回り道することもしばしば。いたるところで地面を掘っている。何をしているのかと思えば、電気工事、水道工事、電話線工事。同じ場所を何度も何度も掘っている。地面に穴が開いたままの状態で翌日に工事が持ち越される場合でもみすぼらしいビニールテープを形だけ張り巡らしているだけで、小さな子供が近くを歩いたら落ちてしまいそうで危険。

歩道の真ん中に大きな木を植えているところもよくある。みどりが増えることはいいことだけれど、大きな木は成長するにつれ根っこが伸びるのか地面が押し上げられてしまう。そのため歩道に強いたタイルは割れて盛り上がり危ない。

道の真ん中にあるものといえば、キオスク(新聞・雑誌、飲み物、雑貨などを売る屋台のような店)。これらは歩道にあるのだが、ベビーカーを押しているとキオスクの脇を通るのも狭くて大変なのだ。ベビーカーならまだいいが、車椅子なんてもってのほか。でも、このアテネで車椅子生活者を見たことはほんの数えるくらいしかない。さらに、彼らは堂々と車道を移動していたのだ。こちらの人は苦労して狭い歩道を歩くことが少ない。みんな車道を歩いている。そういうことになれているのだろうが、私はまだ歩道を歩いてしまう。

歩道を歩いていれば安全か? 頭上注意。ギリシャ人はベランダの掃除を頻繁にするのでよく水が降ってきたり、箒のごみが降ってきたりする。公の場所を使いやすくするという考えがギリシャ人の中に浸透すればいいのだが。けれど、駐車スペースのない大量のアパートはこの先何十年も存在し続けるため、路上駐車の数は減らないのだろう。

画像上右:歩道の真ん中に木を植えてある。これはまだ地面が盛り上がっていないのでましな方。でも道の真ん中にあると歩きにくい。
画像上左:歩道に乗り上げた車。
画像下右:建設中のアパート、アパート前の歩道はこの通りふさがれている。
画像下左:坂の多いところでは、段差の間にくぼみがある。徒歩ならよいがベビーカーだと回り道をすることになる。


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