■2014年冬季オリンピック 2007.6.5 update

2004年の夏季オリンピック開催地としてサンクト・ペテルブルグが立候補していたことを知っている人は、殆どいないかと思います。2004年のオリンピック開催地がアテネに決まったのは1997年のことです。エリツィン政権2期目に入って2年目の年ですが、政治・経済ともに迷走を続けていたところ。市内ホテルの部屋数絶対数も全然足りていなく、普通の観光客を受け入れるだけで精一杯。市民も生活が厳しく、オリンピックどころではありませんでした。翌年1998年の夏には、ロシア経済が破綻していますので、仮に何かの間違いで開催地として決まっていたとしても2004年の開催は断念せざるをえなかったでしょう。

それから、エリツィン大統領が去って、プーチン政権になってから、石油価格の高騰も手伝って、ロシア経済は高度成長期に入りました。ロシアでオリンピック開催の夢は、ペテルブルグ市からモスクワ市へとつながれ、モスクワ市が2012年夏季オリンピック開催地に立候補しました。結果はご存知の通り、ロンドンに破れています。

これに懲りずに、今度はロシアの南の町、ソチが2014年冬季オリンピック開催地として立候補しています。あまり聞きなれない町ですが、ロシア国内では有名な黒海沿岸の保養地で、エリツィン前大統領やプーチン大統領が好んで休む場所でもあります(ちなみに、ゴルバチョフ書記長の別荘は同じ黒海でも、現在ウクライナ領のクリミア半島にありました)。

ソチは半径50キロメートル以内にウィンタースポーツを楽しめる2,000メートル級の山々がある一方で、山のふもとに147キロ続く黒海沿岸は地中海にも似た温暖な気候で、夏のリゾート地としても栄える特殊な地域です。

エリツィン前大統領が、ウィンタースポーツをやるとは聞いたことがありませんでしたが、プーチン大統領はソチのクラスナヤ・パリャーナというウィンターリゾート地で一般客に混じってアルペンスキーを楽しみ、その光景が冬になるとテレビのニュースで報道されることがあります。

温暖な気候、冬はウィンタースポーツもできることから、ソチは有名なスポーツ選手も多く輩出しています。例えば、テニスプレーヤーのマリア・シャラポワや、エフゲニー・カフェルニコフもソチ出身です。マリア・シャラポワは、2014年オリンピックをソチに招聘する親善大使となり、アメリカを中心にソチの広報活動もしているようです。

ソチは、インフラの整備が他の立候補地に比べてまだまだのようですが、ソチ市民はソチ開催に期待しています。2014年冬季オリンピック開催地が決まるのは、来月の上旬、ガテマラにて。結果を見守りましょう(*)。

画像説明文
画像上:ソチ2014オリンピック・シンボルマーク
画像中:ソチの山脈
画像下:冬季オリンピックソチ招致親善大使マリア・シャラポワ
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(*):国際オリンピック委員会(IOC)は2006年6月の第一次選考で、立候補7都市をロシアのソチ、オーストリアでは三度目の開催を目指すザルツブルグ、韓国ドラマ「冬のソナタ」のロケ地ともなったピョンチャン(平昌)の3都市に絞った。2007年6月のIOC評価レポート発表を経て、同年7月7日の第119回総会で正式決定される。
ちなみに、2010年冬季オリンピックの最終選考に残ったのは、ピョンチャン、バンクーバー、ザルツブルクの3都市。最初の投票で1位のピョンチャンの得票数が過半数に達しなかった。上位2都市による決選投票でカナダのバンクーバーが逆転、開催地に決定したという経緯がある。これは2003年7月のこと。


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