■噴水の町ペテルゴフ 2006.9.5 update

ペテルブルグから南へ29キロ離れたフィンランド湾に面した場所にペテルゴフという町があります。ペテルゴフは、オランダ語でピョートルの庭を意味します。サンクト・ペテルブルグの創立者であるピョートル大帝がここに夏の宮殿を建てたことからそう名づけられました。ピョートル大帝は、フランスのベルサイユ宮殿にも見劣りしない別邸を郊外に建設することを1714年に思い立ちました。残っている資料(ピョートルが描いた絵やメモ)が、この町のおおよそのコンセプトや建造物のアンサンブルは、ピョートル自身が考えたことを物語っています。

1714年から建設が始まり、1723年にペテルゴフ創立式典が盛大に行われました。この時までに「下の庭園」が設計され、運河が掘られ、モン・プリジール宮殿、マルリ宮殿が建てられ、「大きな滝」や「ピラミッドの噴水」他、16の噴水が既に動いていました。

ピョートル大帝の死後、ピョートルの改革に反対する勢力が力をつけると、ペテルゴフは忘れ去られ、建設は取り止められて、そのまま崩壊するかとも思われました。しかし、1730年、ピョートル2世の死後にアンナ・イオアンナヴナ(ピョートル大帝の姪にあたる)が女帝となると、ペテルゴフにまた活気が戻り、建設が再開されました。

1730年代、「下の庭園」の運河に沿って噴水の並木道、ローマの噴水が造られました。1735年には、庭園の中央、大宮殿から「下の庭園」へと流れる「大きな滝」の下に「サムソンの噴水」が立てられました。サムソンは、旧約聖書の中の大力勇士ですが、ここではロシア帝国を象徴しています。そして、サムソンに口を引き裂かれている獅子は、当時ロシア帝国と戦争を繰り返していたスウェーデンを表しています。

現在、ペテルゴフには上下の庭園あわせて140以上の噴水があります。電動ポンプか何かで水を吸い上げて吹き出させているのかと思いがちですが、18世紀にはもちろんそんなものはありませんでした。この庭園の噴水は、「上の庭園」から24キロ離れたロプシンスキエ高地から水路を通って流れる水の水圧だけで噴出しているのです。基本的に今も18世紀の技術を使っていることになります。

残念ながら当地の気候の関係で、噴水が動いているのは暖かい間(5月から10月)だけです。この間には、市民のみならず、ロシア、世界中から観光客がペテルゴフへと押し寄せます。噴水の動かない冬の間にも、庭園には10以上の博物館があるので観光客が途絶えることはありませんが、ペテルゴフを訪れるならやっぱり夏。サンクト・ペテルブルグからでしたら、水中翼船で行くのが一番便利です。ペテルブルグの中心とペテルゴフの「下の庭園」船着場を30分で結びます。今年もまだ噴水が動いている間にマイナスイオンのシャワーを浴びにペテルゴフへ行きたいと思います。

画像右上:大きな滝(手前の階段状のもの)と大宮殿
画像左上:サムソンの噴水
画像右下:さかずきの噴水(サムソンの噴水を挟んで左右対称に立っている)
画像左下:アダムの噴水(イヴの噴水と対になっていて、この二つの噴水はピョートル時代から何の変更もない唯一の噴水)


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