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ロシア帝政時代末期、ロマノフ家に絶大なる影響力を及ぼし、その悪影響がゆえに暗殺された男ラスプーチンをご存知でしょうか。ラスプーチンは、1911年にシベリアから当時の首都サンクト・ペテルブルグへ来ました。
血友病を病む皇太子アレクセイの出血を止める事のできたラスプーチンは、すぐに皇帝ニコライ二世と皇后の信頼を得ました。が、後に政策にまで口を出すようになったラスプーチンがロシアを破滅に追い込む事を懸念した貴族等によって、ラスプーチン暗殺が遂行されました。ラスプーチンは、毒を盛られ、その後、銃で撃たれ、凍りついたネヴァ川に放り込まれました。解剖の結果、肺から水が出てきた事から、死因は溺死。毒を飲まされ、撃たれた後もしばらく生きていたようです。
そのラスプーチンの死後88年経ってから、サンクト・ペテルブルグの前立腺医師イーゴリ・クニャシキン氏は、彼の手元に切断されたラスプーチンの性器があると公表しました。ドクター・クニャシキンの説明によると、ラスプーチンの死後、切断されたペニスは木の箱に入れられてパリへと渡り、そこでラスプーチンを信仰するロシア移民の間で大切に祀られていた。
その後、アメリカでサーカスのトラの調教師として働いていたラスプーチンの娘マトリョーナの手に渡るが、彼女は、金銭苦を原因に1970年に古物商に父親のペニスを売る。その後一旦ペニスの行方が途絶えますが、2000年に、クニャシキン氏は、二人のフランス人からラスプーチンの性器売却話をもちかけられ、木の箱とその中身(ペニス)を8000ドル(約84万円)で購入しました。ドクター曰く、99%本物に間違いないそうです。
現在、このラスプーチンの性器はホルマリン漬けにされ、ドクターの営むクリニックの廊下に展示されています。ドクターは、90年代初めから性をテーマとした物の収集をしており、彼のコレクションは、今では15,000点以上にのぼるそうです。自分の営むクリニックの廊下にコレクションを並べ、エロチカ・ミュージアムとして一般客にも開放しています。性器の形をしたキーホルダーや置物、絵や彫刻など性がテーマのものは何でも集めているようですが、中でも注目されるのは、やはりラスプーチンのペニスのようです。
現在、アメリカにラスプーチンの曾孫(愛娘マトリョーナの孫)が住んでおり、彼は数年前にこのミュージアムを訪れ、ホルマリン漬けにされた先祖の巨根を見てこう言ったそうです。「これは、間違いなく曾祖父のものです。だって、僕のと同じだもの」。さらに、戸惑う案内人に「何なら見せようか?」と。
画像上:グレゴリー・ラスプーチン
画像中:ホルマリン漬けにされたラスプーチンの性器
画像下:エロチカミュージアム展示品の一部
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