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2005年6月の記事「ダンスに始まりダンスに終わる」でインドの結婚式について取り上げましたが、あのときは主にデリーの「都会の結婚式」を念頭に書きました。今回は、ビハール州の「田舎の結婚式」について取り上げようと思います。
ビハール州は北インドにある州で、ブッダが悟りを開いたボードガヤーや、仏教大学跡ナーランダーなど、仏教遺跡が密集している地域です。このため、昔から多くの日本人観光客が訪れています。しかし、ビハール州はインドの中でも最も貧しい州としても知られており、「ビハーリー(ビハール人)」という言葉は、デリーでは「田舎者」とほぼ同義語で使われています。その代わり、ビハーリーたちは向学心や向上心が旺盛であり、デリーの大学生の大半はビハール州出身だと言われています。ビハール州を訪れる日本人観光客の多さに影響されてか、日本語を勉強するビハーリーも多く、日本人団体観光客の日本語ガイドに出身地を聞いてみると、ビハール州だということがけっこうあるでしょう。
僕の大学の友人にもビハール州出身の学生が多く、今回その内の1人の結婚式に呼ばれました。場所はビハール州ジャムイーという場所。特に観光名所などなく、外国人はほとんど行かないところのようです。今までデリーの結婚式は山ほど見てみましたが、田舎の伝統的な結婚式はほとんど見たことがなかったので、いいチャンスだと思って快諾しました。
インドの伝統的な結婚式は、数日〜1週間ぐらいの長期に渡って行われると聞いていました。しかし、いくらインドといえど忙しい現代人にそんな時間の余裕はなく、また無駄な出費を抑えるため、最近では全てのプロセスを1日で終わらせてしまうことがほとんどのようです。しかし、もし田舎に行ったらまだそういう伝統的な結婚式を見ることができるのでは、と少し期待していました。しかし、結論から先に言ってしまうと、期待外れの結果に終わりました。
期待外れの原因のひとつは、ジャムイーが聞いていたほど田舎ではなかったこと。田舎には違いないのですが、一応ジャムイー県の県庁所在地だけあって、中途半端に発展しており、活気のあるマーケットもありました。そして何より驚いたのは、結婚式がデリーよりも都会志向であったことです。
インドの結婚式では、「バーラート」と呼ばれる花婿パレードがハイライトとなります。花婿が花嫁側の会場へ行くまでに繰り広げられるパレードで、花婿の家族、親戚、友人たちが、花婿の前で楽隊の演奏に合わせて踊りを踊りながら町を練り歩いて進みます。デリーの結婚式ではこのとき、花婿は白馬や馬車に乗っていることが多いのですが、ジャムイーの結婚式では自動車に乗っていました。また、デリーの結婚式の男性参列者の多くは、インドの伝統衣装のひとつであるクルター・パージャーマー(パジャマの語源になった衣服です)を着ていますが、ジャムイーの結婚式ではほぼ全員洋服を着ていました。花婿までスーツでした。それでも、女性はサーリーやパンジャービー・ドレスのような伝統衣装の人がほとんどでした。
今回の結婚式で最も印象に残ったのは、爆竹や花火の火薬量の多さでした。バーラートの進む道に花火が仕掛けられ、それが爆音と閃光を発するのですが、半端ではない火薬量。デリーの花火も火薬量が多いのですが、それを上回る爆発力で、参列者は皆一様に耳を塞いでいました。
田舎っぽい結婚式を期待して田舎へ行ったわけですが、残念ながら期待通りの結婚式というわけには行きませんでした。しかし、都会に住む人々が田舎っぽい結婚式に憧れ、田舎に住む人々が都会っぽい結婚式に憧れるのは自然なことかもしれません。また、文明が発達するにつれて人間の生活は便利になって来ましたが、かつて1週間かけて行っていた結婚式を1日で終わらせなければならないほど人々が忙しくなっている様子を見ると、「本当に人間の生活は便利になったのだろうか?便利になったなら、なぜ昔よりもこんなに忙しいのか?」と疑問を感じずにいられませんでした。
画像右上:披露宴会場
画像左上:バーラート(花婿パレード)
画像右中:踊るバーラート
画像左下:爆音花火
画像右下:新郎新婦
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