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サンスクリット語と言えば、古典ギリシア語、ラテン語と並ぶ古典語のひとつであり、世界で最もメカニカルな言語と呼ばれています。サンスクリット語は、紀元前1500年前には既にその原型が存在し、紀元前5世紀〜前4世紀頃に文法が規定されました。それ以来、インド亜大陸の公用語、教養語として広く使われ続けて来ました。仏教の経典もサンスクリット語の亜種で書かれていますし、仏教を通して日本にも梵語として少なくとも9世紀頃には伝わっていた形跡があります。
学者などで古典ギリシア語やラテン語を理解する人はたくさんいるでしょうが、それらの言語を母語とする人は今はもういないと思います。しかし、驚くべきことに、インドには数千年前から話され続けているサンスクリット語を今でも母語とする人がいます。学術研究のためや補助言語のために習得しているわけでもなく、母語としている人たちが住んでいるのです。
1991年の国勢調査によると、インド国内にはサンスクリット語を母語とする人が49,736人もいることになっています。その実態がどんなものかは分かりかねますが、少なくともインド各地にはサンスクリット語を母語として話す人々が住む村がいくつかあることが分かっています。その内のひとつ、南インドのカルナータカ州マットゥール村のことを新聞で読み、機会を見つけて今年10月にそこへ行ってきました。
マットゥール村は、シモーガー市から数kmの地点にある人口5,000人の小さな村です。シモーガー市からオートリクシャー(三輪タクシー)をチャーターして行きました。新聞では「看板の文字がサンスクリット語で書かれている」と書いてあったのですが、マットゥール村に入っても看板の文字はカルナータカ州公用語のカンナダ語の文字のままでした。村に降り立つと早速好奇心旺盛な子供たちが話しかけて来ましたが、その言語は・・・「ハロー!ハウ・アール・ユー?」・・・英語でした。
もう一度オートリクシャーの運転手に確認しましたが、ここがマットゥール村だと言います。少し散歩してみると、ブラーフマン(バラモン階級=僧侶)らしい服装をした人々が集住している区画がありました。また、カンナダ文字の下にサンスクリット語が併記してある看板も見つけました。マットゥール村のそばにはトゥンガー河が流れており、お婆さんたちが洗濯をしていました。
子供たちに連れられて、一軒の家に入りました。そこには穏和そうな1人の青年がいました。名前はバースカルと言いました。バースカル君の先祖はタミルナードゥ州から移住して来たようで、タミルナードゥ州の公用語であるタミル語に近い言語を母語としていました。しかし、サンスクリット語も話すことができるようです。インドの第一公用語であるヒンディー語や、英語は苦手のようでした。
サンスクリット語の話されている村を求めてこんなところまで来てしまった僕でしたが、サンスクリット語は大学で1年勉強した程度で、会話などできるレベルではありません。だから意思疎通に少し苦労しましたが、次第に基本的な単語を聞き取れるようになり、何となくコミュニケーションが取れるようになりました。
バースカル君に連れられて、今度は別の家に行きました。その家には1人のおばさんが住んでいました。この人の母語はサンスクリット語でした。やはり英語もヒンディー語もあまり通じず、サンスクリット語で話しました。他愛もない内容の会話しかできませんでしたが、古典語を今でも話す人々がいることに感動しました。ブラーフマンだけでなく、この村の人々はどの階級の人でもサンスクリット語を話すようです。
マットゥール村の人々がサンスクリット語を話すのは、この村だけ周りから隔絶されてしまって外界との言語交流が絶え、よくサンスクリット語が保存された、というわけではありません。元々ブラーフマンが多く住んでいた村だったようですが、サンスクリット語復興を目的とした「サンスクリット語を話そう運動」という運動の一環で、マットゥール村が「サンスクリット村」としてクローズアップされ、集中的にサンスクリット語普及活動が行われたようです。だから、半分作為的に作られた古典語村なのです。同じような村はインド各地にもあるようです。
サンスクリット語は世界でも最も難しい言語のひとつと言われています。今でもインド人の教養層はサンスクリット語を勉強することが多く、学者の間ではサンスクリット語で議論が交わされることもあるようです。学校や本でサンスクリット語を学ぶこともできますが、もしかしたらマットゥール村に長期滞在すれば、サンスクリット語がペラペラになるかもしれません。
画像右上:マットゥール村の入り口
画像左上:マットゥール村の町並み
画像右中:トゥンガー河で洗濯するお婆さんたち
画像左下:瞑想するブラーフマン
画像右下:看板(上の丸っこい文字がカンナダ語、下の柵っぽい文字がサンスクリット語)
【短信】デリーは12月に入り急に冷え込んで来ました。最低気温5℃ぐらいです。デリーの家屋はどちらかというと夏向けに作られており、暖房設備が貧弱なので、日本の冬よりも寒く感じます。(12/7)
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