■神か?オカマか?第三の性、ヒジュラー 2005.7.18 update

前回はインドの結婚式について略述しました。しかし、意図的に書かなかったことがあります。それが、今回のテーマである「ヒジュラー」です。

インドの結婚式には、必ずと言っていいほど面白い乱入者が現れます。インド女性の伝統衣装であるサーリーを着て、金ぴかのアクセサリーを身に付け、歌ったり踊ったりしながらやって来る派手な一団、しかし、その顔はどう見ても男性、そんな乱入者です。彼ら(彼女ら)は、キンナルとかヒジュラーなどと呼ばれています。

ヒジュラーは、元々両性具有者のコミュニティーの名前だったとされています。両性具有の特徴を持つ赤ちゃんが生まれると、ヒジュラーがその子を引き取って育てていたと言われています。しかし、現在ヒジュラーのコミュニティーにいるのは後天的に性器を切除した「元男性」がほとんどのようです。日本語にすると、いわゆる「オカマ」の部類に入る人々です。わずかですが、「元女性」のヒジュラーもいると聞きます。ただ、去勢手術はヒジュラー・コミュニティーの最大の秘密となっており、外部の者が手術の様子を見たりすることは厳しく禁じられているようです。あくまで表向きは、両性具有者のコミュニティーとされています。

インド人の信仰では、ヒジュラーは生殖を司る神だとされています。よって、生殖に関係ある出来事に必ず現れます。結婚式もそのひとつです。だから、結婚式があると聞くとヒジュラーは結婚式場に押し入ってきて、新郎新婦に早く子供ができるように祝福を与えます。赤ちゃんが生まれてもヒジュラーが現れます。赤ちゃんがすくすく育つように祝福を与えます。ヒジュラーには呪いの力もあると考えられており、もしヒジュラーを丁重に扱わないと、子供に恵まれなかったり、不能者になったり、子供が夭逝してしまったりすると恐れられています。

ヒジュラーの股間を生で見ると不能者、不妊者になると考えられており、ヒジュラーが怒ると腰布をまくり上げる仕草をします。だから、人々はヒジュラーがやって来ると、自分の経済力が許す限りの金を与えてヒジュラーを喜ばせようとします。その他、毎年11月頃にあるインド三大祭のひとつ、ディーワーリー祭の前には、ヒジュラーは近所の市場や商店を廻って、商店主から「ショバ代」を巻き上げます。この辺りは、マフィアと変わりません。

現代のインド社会の中でのヒジュラーの立場は非常に複雑です。上記のように、生き神のように扱われもする一方で、社会の爪弾き者として軽蔑されている一面もあります。ヒジュラーを「ただの乞食」か「厄介者」くらいにしか考えていないインド人も増えて来ましたし、ヒジュラーを見かけるとニヤニヤ笑って侮蔑する人も少なくありません。また、男性に「ヒジュラー」と呼びかけることは、最大の侮辱と考えられています。特にデリーのような都会ともなると、ヒジュラーが社会の中に入り込む余地は急速に減少しています。

ヒジュラーの派閥争いも激しくなっていると聞きます。ヒジュラー同士の縄張り争いです。抗争に敗れたヒジュラーの一団は、より郊外へ移っていくしかなくなるそうです。それでも、田舎の町へ行けば、ヒジュラーに対する信仰はまだ残っています。ヒジュラーが道を通ると、人々は足元にひれ伏して祝福を求めます。ヒジュラーたちも、彼らに「去年生まれた子は元気かい?」などと声を掛けたりします。ヒジュラーのもとには、近所の女性たちが他の人には相談しにくい内容の相談や占いをしに訪れたりします。庶民とヒジュラーの間のつながりが残っている様子を見ると少し感動します。

僕はラージャスターン州アジメールやデリーのパハールガンジなどで活動するヒジュラーと接触したことがあります(今回掲載の画像のほとんどはそのときに撮影したものです)。ヒジュラーがいったいどんな生活を送っているのか興味があったのですが、一般のインド人と同じく、ごく普通の生活を送っていたことに新鮮な驚きを感じた記憶があります。一族の長や年長者たちは寝転んでTVを見ており、下っ端たちはご飯の準備などをしていました。

彼ら(彼女ら)は必ず僕に、「お前の国にも、私たちみたいな人はいるのか? 何をして働いているのか?」と質問して来ました。また、ヒジュラーが信仰の対象としている寺院がインド各地にいくつかあると聞きますが、その中でも北インドで最も重要なグジャラート州ベーチャラー寺院にも行ったことがあります。ヒジュラーはここで洗礼を受けるようですが、残念ながら僕が行ったときには1人もヒジュラーがいませんでした。

近代化の波は、インドのいろいろな伝統や習慣を存続の危機に陥れていますが、伝統的社会の中で独自の地位を築いてきたヒジュラーの存在をも脅かしています。昔のように人々から金銭の寄進を受けづらくなり、売春業に身を落とすヒジュラーも多いようです(売春宿ではヒジュラーの需要もあるらしい)。ヒジュラーの最期が、インド文化の最期のような気がしてなりません。

画像右上:ヒジュラー
画像左上:商店の前で踊ってショバ代を巻き上げる
画像右中:町で一番儲けている店では座ってじっくりショバ代の値段交渉
画像左下:ヒジュラーの一団
画像右下:グジャラート州のベーチャラー寺院


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