■押し寄せるシネコンの波:最新インド映画館事情 2004.4.19 update

4月になり、デリーはいよいよ暑さを増して来ました。しかしまだ暑さは最高潮ではありません。本当の正念場は雨季前の5月と6月。今はまだ日中外を歩くことができるので、デリー3年目の僕にとっては「過ごしやすい」気候だということができます。とにかく部屋の中に日光を入れないことが、この時期に快適に暮らすための秘訣です。

・・・インドの夏、真っ暗な部屋の中、天井のパンカー(吊り下げ式扇風機)だけがせわしく活動し、生暖かい空気をかき回す・・・。全ての物体が体温を持ち、空気までが生き物であるかのようにベッドに横たわった物体にのしかかってくる・・・。と、唯一活動していたパンカーが突然活動を停止。停電だ。一気に室内の気温は上昇する。もう駄目だ、どこかへ避難しなければ暑すぎて死んでしまう!

そんなときの心の拠り所が映画館です。インドの映画館は冷房が効いており、映画の質がどうあろうと、3時間は涼しい空気の中でリラックスすることが保証されます。避暑のためでなくても、インドでは未だに映画が娯楽の王様。毎週のように新作映画が封切られ、人気俳優の出演する映画ともなると、チケットが数日先まで売り切れるほど多くの人が詰め掛けます。映画館の壁には、上映作品の大きな立て看板がデカデカと飾り立てられますので、何が上映されているのかすぐに分かります。

上映時間もいたって単純。インド映画の1本の上映時間は3時間ほど。正午、3時、6時、9時の1日4回上映が一般的です。チケットは、カースト制度を反映してか、いくつかのランクに分かれています。一番前の席が一番安い席。そこから後ろへ行くほど値段は高くなり、2階席は一番高くなります。庶民と一緒に安い席でワイワイ盛り上がるもよし、高い席でリッチなインド人と共に静かに楽しむもよし。席ひとつでも同じ映画から感じる印象は変わるでしょう。また、超人気映画を見ているときの観客の異常な盛り上がりは、日本では絶対に経験できないほどです。

そんな古き良きインドの映画館の伝統ですが、都市部を中心に次第に新しい波が押し寄せています。最近インドの各主要都市では、最新設備を備えたシネマ・コンプレックス(シネコン)が雨後の筍のようにオープンしつつあります。現在デリーだけでも、シネコンは10館あり、さらに増える予定です。

シネコンの特徴はまずはきれいなこと。外国人でも安心かつ満足できる設備で、トイレもきちんと清掃されており、音響設備も抜群です。ただ、それだけにチケットは他の映画館よりも格段に高く、デリーでは150ルピー(約400円)前後が一般的です。この値段は、デリーで一番安い映画館の10倍です。いくつかのシネコンでは、オンラインでチケットを予約することが可能です。チケットが高いために、シネコンの観客は上流階級のインド人が多く、場内は比較的落ち着いています。上映される作品は、ヒンディー語映画とハリウッド映画が半々くらいです。シネコンの難点のひとつは、セキュリティーが厳しいこと。インドの映画館は入場前に必ず身体検査をされますが、特に高級映画館では非常にチェックが厳しく、カメラの持ち込みはできません。

シネコンの登場により、デリーで上映される映画の種類もだいぶ変わってきました。英語の映画が多く上映されるようになったのは前述の通りですが、その他にも多くの変化が見られます。例えば、今まで映画祭などでしか上映されなかったような芸術映画、社会派映画が一般公開されるだけの映画館の余裕が出てきました。優れた映画は、娯楽映画でなくてもある程度の興行収入をあげており、それが映画界にいい影響を与えているように思います。それにより、次第に娯楽映画と芸術映画の間の垣根が低くなっているようにも感じられます。また、以前のデリーはヒンディー語映画以外ほとんど上映されなかったのですが、シネコンの登場により、インドの他の言語地域で作られた秀作が上映される機会も増えてきました。

シネコンは大型ショッピングモールを併設していることが多く、いくつかのシネコン&モールは、現在デリーで最もホットなスポットとなっています(モールに関してはまたの機会に本格的に取り上げる予定です)。そういえば最近、デリー南郊では、シネマ・ヨーロッパというシネコンがオープンしました。遂にヨーロッパ映画専門の映画館ができたか!と早とちりしましたが、蓋を開けてみたらそんなことはなく、今まで通りインド映画とハリウッド映画を上映しています。

シネコンの隆盛により、インド映画界自体もいい影響を受けていると思いますが、やはり新しい伝統の登場は、古き良き伝統の滅亡を意味します。特に心配なのは、インドの映画館の代名詞だった、立て看板の消滅です。まだ古いタイプの映画館が頑張っているので、映画館を彩る立て看板も健在ですが、シネコンにはそのようなものを飾るスペースは用意されていません。あの味のある看板を専門に作る職人がオールド・デリーなどに住んでいるという話を聞いたことがありますが、もしシネコンがこのまま増え続けたら、次第に看板職人は職を失っていくのではないかと思っています。

また、人気映画が巻き起こす観客のあの熱狂も、高級感溢れるシネコンの勢力拡大と共に次第に失われていくことは必至でしょう。ただでさえ海賊版VCDなどの流通により、映画業界は打撃を被っているので、小規模な映画館はこれからどんどん潰れていくことも考えられます。現に、デリーにはけっこう閉鎖された映画館がポツポツと廃墟となって残っています。

シネコンが巻き起こす波は、これからもインドの都市部で大きくなりそうです。

画像右上:大ヒット映画「Gadar」の看板
画像左上:ド派手で無秩序な「Indian」の看板
画像右中:これも大ヒット映画「Kabhi Khushi Kabhie Gham」
画像左下:シネコンのひとつ、PVRナーラーヤナー
画像右下:最もホットなシネコンモール、シティーセンター


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