|
スペインでもインターネットで映画をダウンロードすることが一般的になり、衛星放送を契約すれば映画専門チャンネルがいくつもあります。レンタルDVD店も身近な存在。それでも、まだまだ映画館で映画を見ることがとてもポピュラーです。地方によって入場料の幅は多少ありますが、大体4ユーロから5ユーロ(500円から700円程度)くらいなので気軽な娯楽なのです。曜日や時間帯によって1ユーロくらいの割引もあります。またファーストフードの夕食が割引になるセット料金もあり、若い恋人たちのデートにはうってつけです。週末夜11時くらいからの人気映画は長蛇の列になることもしばしば。ここでは、上映時間が夕方5時くらいから1時くらいまでなのです。名画座的な映画館では昼間も上映しているところがありますが、一般的な映画館は夕方から夜にかけてしか上映していません。
郊外の大型ショッピングセンターに併設され、さまざまな映画を同時に上映している、いわゆるシネマコンプレックスが増えています。多くのスペイン人はエンドロールが始まるとすぐに帰ってしまうので、最後までエンドロールを見ていると、ひとりぼっちになってしまうこともあります(笑)。人の流れに乗って外へ出ると、そこは入って来た所ではありません。出口は裏口になっていることが多々あるのです。独立した建物の映画館だと、完全に裏道に出てしまい、初めての映画館だと迷子になりそうになることもあります。
それから、ハリウッド映画など外国映画も多いのですが、ほとんどすべてがスペイン語吹き替えで上映されています。学校に行かず、字の読めない人がいることと無関係ではありませんが、字幕を読むより、耳で聞いて映像を楽しんだほうが楽、というのが多くのスペイン人の感覚なのでしょう。
昼のニュースの後には映画コーナーがあり、新作映画の宣伝をしています。サン・セバスチャンというスペイン北部のバスク地方の町では世界的にもわりと知られた国際映画祭が開かれ、わたしの住むバリャドリッドでも、“国際的にはほとんど知られていないだろう(笑)”国際映画祭が毎年開催されています。
最後に少しスペイン映画の歴史をひもとくと、最初のスペイン映画と言われているのは、1896年10月にエドヴァルド・ヒメーノ親子によって撮影された「サラゴサのピラール大聖堂での大ミサの退出風景」です。これは当時の多くの映画と同じように、街の風景を単純に写したものでした。
初期の巨匠となった、シュルレアリスム映画「アンダルシアの犬」で知られるルイス・ブニュエルが1932年にドキュメンタリー映画「糧なき土地」を撮りましたが、次の映画を撮ることなく1936年に一度母国を去りました。「ビリディアナ」でカンヌ映画祭の大賞を取りましたが、その過激的、反カトリック的な内容からスキャンダルとなったため、1969年までスペインには戻れませんでした。その後、第二次世界大戦が始まり、参戦しなかったスペインには各国の映画人が避難してきました。1940年代からフランコ独裁政権時代に入ると、映画制作、上映への検閲が厳しくなり、同時に映画振興にも力が入れられました。
1970年代に入ると、民主化が少しずつ始まり、ビクトル・エリセの「ミツバチのささやき」はこの時期に作られました。そして1975年にフランコ総統の死去により、フランコ体制が終わり、今まで公開できなかった外国映画の上映ラッシュになります。このため、スペイン映画の制作は一時期停滞しますが、1980年代に入ると、「血の婚礼」のカルロス・サウラ、「神経衰弱ぎりぎりの女たち」や「アタメ」のペドロ・アルモドバルらが出てきます。そして1990年代に入ると、「テシス」や「オープン・ユア・アイズ」のアレハンドロ・アメナバル、俳優陣では、アントニオ・バンデラスやペネロペ・クルス、ハビエル・バルデムなどがハリウッドに進出しています。
|