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1月半ばに重慶を引き上げ、上海に戻ってきました。春節(今年は2月9日でした)間際に荷物が届き、そのまま年を越し、3月になってようやく少し落ち着いたところです。
戻ってきてから、まだほとんどどこにも出かけていないのですが、それでも重慶と上海はずいぶん違うと思いました。見た目から言えば、重慶は山に囲まれた環境であるのに対して、上海はまったく山がありません。高いところから上海の市内を見渡すと、とにかくビルと団地郡が箱庭のように立ち並び、その向こうには空が広がっています。「だだっ広い」という印象です。
また気候も違い、戻ってきた当初は上海の寒さがこたえました。重慶は湿度が高く風もあまりないので、身を切られるような寒さはあまり感じません。二年間、乾燥とは縁のない生活でしたが、ここへきて一気に肌への負担を感じました。水も冷たく、久しぶりにあかぎれができたほどです。
生活面では、やはり商業都市上海は便利だと思いました。すぐ近くには24時間営業のコンビニエンスストアがあり、光熱費の支払いもそこで済ますことができます。いくつもある大型スーパーマーケットの無料バスが通り買い物も便利ですし、食品の宅配、クリーニングの集配、豊富なレストランなど、重慶ではなかったり限られていたりしたサービスを受けることができます。
どこを歩いても、英語や日本語、韓国語などの広告やフリーペーパーを見ることもできます。街では外国人を目にしないことはありません。私の住む地域は、以前はほとんど外国人の見られないところでした。でもこの二年で街はすっかり様変わりし、最寄りの地下鉄駅では上海語と標準語、そして各地から集まる人々の方言に混じって外国語が聞こえることも珍しくありません。
また、交通規則の罰則が厳しくなっているようで、車も人も比較的整然としているのには驚きました。特に車に関しては、スピードはもちろんのこと、車線にいたるまできちんと管理されていて、すいているからといって適当に走っていると要所要所でカメラなどでチェックされるそうです。
重慶での運転に慣れた夫などは、はじめはつい、すいている車線を選んでジグザグ運転をしそうになっていましたが、見つかったらこれも罰金です。目的地別に車線が決まっていて、ずいぶん先に分かれ道があったとしても、表示があったところからきちんと決まったところを走らなければならないのです。たとえ横の車線がすいていても、そこを走って途中で割り込みをするのは厳禁なのです。
自転車は相変わらず多くやはり危険ですが、繁華街では交通整理の人が立って信号を守らない歩行者などに注意をしています。昔よりも厳重になって、交通整理人員もかなりの数です。全体的に見ると、上海はやはり住みやすいかなとも思えます。それでも、「人あたり」の面では、重慶のほうがよかったような気がします。知り合ってしまうととてもフレンドリーな関係になりやすかったのですが、上海に住む人はどことなく「壁」があるような感じがするのは気のせいでしょうか。
また、重慶にいたときは、なんとなく上海を美化していたことに気がつきました。確かに上に書いたように生活も便利だったし、帰ってきてから上海の道路のきれいさ(日本とは比べられませんが)も改めて分かりました。道につばを吐く人もほとんどないし、このごろはごみを捨てる人も減ってきているようです。上海の人は都会でやはり洗練されているんだと、重慶ではずっと思っていました。
でも、実際に戻ってきて生活を始めて、やはりあれは一種の錯覚だったことに気がついたのです。重慶でもそうでしたが、上海でも相変わらずバスや地下鉄の席取りはすさまじく、子供を連れて始発駅から乗るのはかなり勇気と体力を要します。みな、ドアが開くや否や走り出すからです。ファストフード店では注文をするのに並びますが、割り込んでくる人も多く、そのほとんどは地元上海人なのでした。特に中年の女性とは、「並んでください」と言っても向こうが引き下がらないことがよくあり、しょっちゅう言い合いになります。出かけて帰宅するとどっと疲れるのは、重慶も上海もあまり変わらないようです。
住めば都といいますが、上海が本拠地ではあっても、外国人の私にとっては所詮はどちらも外国なのでしょう。2年離れていると上海は「他人」になってしまっていて、今はまだ重慶が懐かしいようなきもちです。
画像上:上海・浦東の東方明珠(テレビタワー)
画像中:中国で一番高く、世界でも四番目の高さを誇る金茂大廈。上海の発展の象徴のようなビルです。88階の展望台から上海を一望できます。
画像下:黄浦江の外灘(バンド)。オールドシャンハイの名残の洋館の後ろには、近代的なビルが次々と建てられています。
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