■中国での出産 2004.3.15 update

先月は妊娠期間のことについてお話しましたが、今月はそれに続く出産についてです。

ヨーロッパでは無痛分娩ができるところが多いそうですが、私はまだ中国で無痛分娩というのを聞いたことがありません。ただ、「陣痛が怖い」という人はたくさんいて、帝王切開をはじめから希望する人が多いのが特徴といえるかもしれません。また、出産予定日が祭日や「8」の付くおめでたい日などに近ければ、それに合わせて帝王切開する人もあるのが、縁起を担ぐのが好きな中国らしいところです。もちろん、希望する人全員が手術を受けられるのではなく、病院ごとに帝王切開をしてもいい割合が年間で決まっているため、その範囲内で行われると聞いたことがあります。

病院が大忙しだったのが、4年前の2000年です。日本でも「ミレニアム・ベビー」といって騒がれましたが、中国はまた格別でした。なぜなら、2000年は辰年、つまり龍の年で、中国の人がもっとも好む干支だったからです。私はそんなことは考えもせずに1999年秋に息子を出産したのですが、新学期が9月から始まる中国では99年9月から2000年8月に生まれた子供たちが同級になります。私自身もベビーラッシュに差し掛かる年代に生まれましたが、息子もなんと中国のベビーラッシュの時期に生まれてしまったことになります。それはちょっと失敗だったなと、今でもときどき思います。

さて、出産ですが、私は普通分娩でした。産科病院ではなく総合病院だったせいか、出産に関しては親切とはいえませんでした。出産が大量破水から始まったので、日本のマタニティー雑誌に書いてあったとおり、タクシーでは横になって羊水が流れないように気をつけていたのに、病院に着くと、連絡を入れてあったにもかかわらず歩いて二階まで上がらされました。それに、日曜日だったため病棟間のドアが施錠されていて、クリニックから産科病棟に行くまでたらい回しにされたりもしました。「出産なんて病気ではない」といわれているような感じです。もちろんそうなのですが、日本では妊婦さんを大事に、大事にしているイメージの情報が多かったので、とても無機的に感じました。

産科専門の病院で出産した友人の話だと、陣痛が始まると助産婦さんが付いてくれて世話をしてくれたそうですが、私の場合は陣痛でうなっている私の横で、数人の看護婦さんが大きな声でお昼ご飯の話などをしていて、まるで私などいないかのようで情けなかったです。ひとしきり、日本の雑誌で勉強した呼吸法を実践していましたが、誰も呼吸のリードなどはしてくれません。出産後に「呼吸法上手だったね。どこで習ったの?」と看護婦さんに聞かれて脱力したほどです。

中国では、一般に立会い出産はできないようです。私が出産した病院では、分娩室はとても広く、分娩台も3つか4つありました。同時期に産気づくと、ひとつしかない分娩待機室に入り、分娩できる状態になるとやはりひとつだけの分娩室に順に入るようになっていたようです。幸い、私が外国人で主治医の許可が取れていたのと、その日ほかにお産が始まった人はなかったので、夫と、ぎりぎりに到着した私の母とが、ガラス越しに出産の様子を見ることができましたが、分娩室の中に入ることは許されませんでした。

生まれたあとも、すべてが機械的で、日本でだったら「おめでとう」と言ってもらえ温かい雰囲気になりそうなところですが、私のときは息子が日曜日の夕方5時ぎりぎりに生まれたせいか、簡単な処置が済むと宿直以外の看護婦さんはさーっと波が引くようにいなくなってしまったのでした。

出産後は母子同室で、入院期間はふつう分娩で3−5日、帝王切開で7−10日くらいです。ちょっとびっくりするのは、赤ちゃんは生後一日目にB型肝炎、二日目にBCGの予防接種を受けることです。退院すると、お母さんは「坐月子(ズオユエズ)」という産褥期を過ごすのですが、このお話はまた次回にします。

画像右上:「児童世界」というこどものデパート。出産用品、赤ちゃん用品、子供服、書籍、靴などがそろいます。中には週一回、小児科のカウンセリングが受けられる相談室もあります。
画像左上:「Mam & Baby」という育児雑誌。これは4-7歳用ですが、0-3歳用もあります。ご紹介したページは、こどもファッション(右下)と病気のときのメニュー(左下)です。この号の特集は「芸術クラス(お稽古事)」についてでした。古い育児にとらわれず日本や欧米の情報もふんだんに紹介されていますが、浸透するまでには至らないようですね。

【短信】重慶では、まもなく本格的な春を迎えます。木蓮、つつじ、桜からサツキ、桃の花まで、早春から初夏にかけての花がいっせいに開花するのが見ものです。(3/4)


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