■変わっていく街、変われない人 2003.11.17 update

日本に帰国していた数ヶ月で、重慶の家の周りはずいぶん変わりました。すぐ先で行き止まりになっていた道路がさらに奥へと延び、その両側には新しいマンションの建設が始まって、昼夜問わず工事のトラックがひっきりなしに走り回っています。高級車のショールームも新たにいくつかできました。最寄りの繁華街では、古びたビルが取り壊され、跡地に新しいビルがもう半分くらい出来上がっていました。雑然とした雑居ビルや団地もなくなって、大型ショッピングセンターも作られています。来年開通予定のモノレールのレールもずいぶん延びてきました。

先日、10ヶ月ぶりに上海へ帰ってきました。ある程度完成された街であるはずの上海でさえ日々変化していて、慣れ親しんだところなのに、ほんの少しのあいだによその街になってしまったような感じがしました。中国の国土は広いですが、今いたるところでこのような変化が起きているのです。

もともと(今でも、ですが)中国は共産国なので、理屈からいえばみなが平等であるはずなのです。でも国の行く末を決める人たちが、「富める者から順に裕福になり、あとに続く人たちを引っ張っていくように」と、経済開放をしました。その結果、確かに多くの人がとても裕福になり、街は発展の一途をたどり、今に至っています。そのスピードは、日本の高度経済成長時代などの比ではなく目を見張るばかりです。特に都会では、目に見えるハード面での整備がどんどんと進み、地方の街も日に日にきれいになっていっています。

時流にうまく乗れた人たちは、お金を蓄え、いい生活を享受できるようになりました。でもその反面、今までの社会を信じてその勤めを果たしてきた人が波に乗り遅れる結果となったことは否めません。10年くらい前から問題になりはじめた国営企業の相次ぐ倒産は多くの失業者を出しました。以前は、国などからいくばくかの保障が出ていたこともあったようですが、今ではほとんどありえないようです。

中国では、企業は「単位」といい、昔はみなが何らかの単位に属していました。企業がひとつの街のようになり、その敷地の中に住み、小さな店や市場や学校などがあることが多かったのです。それで、失業しても住む場所だけは心配することはなかったのですが、最近ではそれさえも脅かされているそうです。倒産した国営企業の土地を民間に貸し(国土は国のものなので、売買はできません)、新たな開発を進めることが多くなってきたからです。

うちにお手伝いに来てくれている家政婦さんは、もともと国営工場の工員さんでしたが、やはり工場の閉鎖に伴って職を失い家政婦の仕事をしています。彼女は今工場内の宿舎に以前と同じように住んでいますが、来年には立ち退きになるそうです。わずかな保証金が支払われますが、それでよそに家を買うにはとても足りない金額なのだそうです。昔からなじみのご近所さんとも離れ離れになるし、食べられる野草を摘んだ裏山も開発の対象になっていて、彼女の周りの環境はこれから大きく変わろうとしています。

「いろいろな便利なものも増えたし、昔の暮らしとは比べものにならないけど、やっぱり前のほうがよかったよ。昔は山に登れば野草が取れたけど、今じゃ市場でとても高い値段で売っている。家がきれいになっても、そこに住めないんじゃねぇ...」と、ときおり話してくれる彼女のこの言葉は、きっと中国の大多数の人が抱いていることなのではないかと思います。生活環境はどんどん変わっていきますが、それについていけずに変われない人たちがたくさんいるのです。

画像上:山を切り崩して新しく道路を作っています。山は発破で壊すことが多く、ときおり「ドカーン」と爆発音が聞こえてくることがあります。
画像中:重慶の繁華街に建設中の高層ビル。
画像下:上海の老房子(古いおうち)と対照的な新しい高層ビル群。いずれこの古い家屋も取り壊されるかもしれません。


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