■今月も「新年好(明けましておめでとうございます)」 2003.2.17 update

先月、「新年好(明けましておめでとうございます)」とご挨拶をしましたが、実は今月も「新年好」です。中国では、今でもお正月といえば旧暦の一月一日のことをさします。新暦の一月一日は「元旦(ユエンダン)」、旧暦は「春節(チュンジエ)」と区別し、春節を挟んで学校や幼稚園は冬休みになり、会社も旧暦の大晦日には仕事を終えて休みに入ります。春節の10日ほど前から帰省ラッシュが始まり、汽車や長距離バスや飛行機や船はたくさんのお土産を抱えた人々でいっぱい、スーパーやデパートでは年越しや新年のご馳走の準備やお飾りを買う人でごった返します。

今年の春節は2月1日でした。上海では大晦日の日でも遅くまで人が出歩いていましたが、重慶では大晦日の午後にはほとんどの店がシャッターを下ろしてしまってしまい、タクシーも少なくなり、繁華街以外はひっそりとしていました。夫の実家のある江蘇省の農村では、大晦日には家の周りをきれいにして年越しの準備に入ります。門の両側には春聯という赤い紙、窓には「福」や「春」という字がさかさまに書かれた紙などを飾ります。これは、「福到了(福が来た)」「春到了(春が来た)」の「到(dao)」と、さかさまの意味の「倒(dao)」が同じ発音であることからこのようになっているのです。

家の中に祭壇があるうちは、ろうそくのような形の赤い電球をつけて神様をお祭りします。ベッドの枠などにも、赤いお飾りをつけます。お飾りは、ちょうちんの形であったり、爆竹の形であったりいろいろです。壁には、魚の形をした飾りや絵などを掲げるうちもあります。これは、「魚(yu)」の発音と「余(yu)=あり余るほど裕福」の発音が同じなので、縁起を担いでいます。そして最後は、家の門の前に、石灰粉などで手の平くらいの大きさに白い点々をたくさん描きます。

昔、大晦日の晩には「年(ニエン)」というお化けが現れて、人を食べてしまうといわれていました。「年」は、各家を順に回り餌食をさがします。でも、「年」は、一度訪れた家は二度と襲いません。それで人々は、自分の家の前に白い点々を描いて「年」が家にやってこないようにしました。白い点々....これは実は、「年」の足跡なのです。自分の足跡を見て「年」は、「あぁ、ここはもう前に来たところなのだ」と思い、よそへ行ってしまうというわけです。

また、飾りに使われている赤い色は、「年」が最も苦手とする色なのだそうです。門、窓、部屋の入り口、ベッドのまわり...と、「年」が人を狙って通る場所に必ず赤いお飾りをつけるのは、「年」が近づくのを防ぐ意味があります。そして、今と違って、昔は門を硬く閉ざし「年」が通り過ぎるのを待ちました。中国語では「年越し」のことを「過年(グオニエン)」というのですが、これは「年」をやり過ごすという意味なのです。年が明け、「恭喜、恭喜!!(ゴンシー、ゴンシー=おめでとう)」と言うのは、「年」に食べられずに、無事に新年を迎えることができました、よかったね、ということなのだそうです。

日本と同じで、お正月気分なのはだいたい正月5日くらいまでです。大晦日の晩から夜になると花火を上げますが、5日の日には財の神様が降りてこられるということで、自分のうちへ神様が来て下さるように、4日から5日に日付が変わる夜中の12時ごろにも花火を盛大に上げます。上海では団地の中でもかなり大きな花火を派手に上げていましたが、重慶ではそれほどでもなかったので、もしかすると地域によって習慣の違いがあるかもしれません。

正月15日は新年になって初めての満月で、日本では小正月といいますが、こちらでは「圓宵節(ユエンシャオジエ)」とよびます。白玉に小豆や黒胡麻ペースト、肉などの餡を入れた「湯圓(タンユエン)」を家族といっしょに作って食べたり、その年の干支の形をした車輪のついた灯篭を子どもたちが引っ張って夜の街を散歩したりします。こうして二週間にわたって続く一年で一番大切な行事が終わり、人々はふだんの生活へと戻っていくのです。

うちも今年は田舎に帰れなかったので、家族三人で年を越しました。新生活が始まってから風邪を引いたりうまく行かないことがあったりしたので、「年」に食べられないように今年はたくさん赤いお飾りをつけました。

画像上:重慶市内にある慈雲寺というお寺も、門にはお飾りをしてありました。
画像中:部屋の壁に掛けた魚の形をした中国結びのお飾り
画像下:慈雲寺では、薬師観音のお堂の前に家族一人ずつの名前を書いた紙と油を燃やして健康祈願をしました。


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