■重慶市というところ 2003.1.20 update

新年好!皆さん、明けましておめでとうございます。中国では、旧暦のお正月(春節)を祝う習慣があり、元旦は比較的静かに過ごします。それでもここ最近は大晦日にカウントダウンを行う集まりなど、若者を中心に年越しのイベントも広がりつつあるようです。さて、私たち一家は、昨年暮れに上海を離れ、内陸の重慶市に引っ越してきました。これからはここからレポートをお送りします。今日はその重慶市について少しお話したいと思います。

重慶市は、上海から西に飛行機で約二時間のところにあり、大阪に行くのと同じくらい離れています。北京、上海、天津に続く、第四番目の直轄市(どこの省にも属さない独立した地区)で、中国政府の「西部(チベットや新疆ウィグル自治区などに及ぶ、中国の真ん中から西の地域、東沿海部の先進都市に対する「後進地域」という意味もある)開発」のかなめの場所として近年たいへん重要視されています。私は、重慶といえば工業都市で公害の街と学校で習ったので、そのイメージが拭えなかったのですが、今では近代ビルがあちこちに建ち、さらなる発展を目指して日々変化する都市となっています。

その一方で、重慶は別名「山城」といわれるように山に囲まれており、街の真ん中では長江と嘉陵江が交わる自然の多いところでもあります。市内にもいくつか温泉があるそうなので、私はそれに行くのを楽しみにしているところです。気候は、夏がボイラーのように暑く、冬は底冷えがするほど寒くなるのはほんの一時期のようで、一年中湿度が高く、曇りや雨の日が年の3分の2ほどになるそうです。霧の街でもあり、朝、少し太陽が覗いたと思うと、たちまち窓の外が真っ白になってほとんど視界がさえぎられた状態が数時間続くこともあります。こちらに来て3週間ほどになりますが、太陽が見えたのは3日と数時間くらいでしょうか。冬場は特に日照時間が短いそうです。お肌のためにはいいところかもしれませんが、お洗濯が乾きにくいのが少々困りものです。

人の気質は、私は上海の人より重慶の人のほうが穏やかだと思いました。おっとりとして、特に女性は、デパートの店員さんなどサービス業の人が、上海よりも親しみやすい感じがします。ただ、若い人は別として、標準語を話せない人も多く、外地から来た私たちはまるで外国にいるように(私にとっては確かに外国ではあるのですが...)チンプンカンプンなことがしばしばあります。タクシーの運転手さんに話しかけても、返ってくるのは重慶訛りの標準語で、その訛りも、標準語のイントネーションがまったくひっくり返っている上にさらに訛っていたりするので、私はずっと重慶語だと思っていたほどでした。なぜ重慶の人は標準語が苦手なのか運転手さんに聞いてみると、ここは直轄市になって政府が外地や外国企業を積極的に誘致するようになるまで、ほとんどほかの土地の人が来ることはなかったからなのだそうです。あったとしても隣接する四川省(重慶はもともと四川省の一部だった)の人の往来程度で、方言でも充分に交流でき、標準語を話す必要はまったくなかったということです。その運転手さんに言わせると、標準語を話すことは「ものすごく骨が折れる」大仕事になるそうです。その骨の折れる作業をしてくれたお陰で、私は重慶人と標準語のなぞを解くことができましたが...。でもまだ、市場に行っても金額を聞き取れず、大きなお金を差し出しておつりをもらう方法でしか買い物ができません。もちろん、スーパーマーケットに行けば、無言で買い物はできるのですが。

今まで住んでいた上海とはまたまったく違う環境にとまどいながらも、新生活をスタートさせました。来月はまた何かおもしろいことを探してご報告したいと思っています。

画像上:街中の花市場。いろいろな切花がありますが、こちらに来てからよく目にするのは蝋梅の枝の花束です。とてもいい香りがします。
画像中:朝天門。重慶港です。ここから長江を下って行くと上海に着きます。ただし、船は南京までしかないようでした。
画像下:人民解放記念碑を略して「解放碑」と呼ばれる時計塔。この付近一帯の地名も解放碑で、重慶一の繁華街でもありビジネス街でもあります。


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