■結婚式 2002.12.16 update

義弟が結婚式をするので、先日江蘇省にある義弟の家に帰りました。夫の実家の方は、できれば式は簡素に行いたいと思っていたのですが、お嫁さんが実業家のひとり娘ということで、義両親も義弟も、式に至るまでにいろいろと難しいしきたりを実行して一年近くを過ごしてきました。結婚式の日取りも、占いをしていちばん良い日を決めてもらったそうです。

夫と私と息子の三人は、式の前日に帰省したのですが、家に着いたときには伯母も手伝いに来て、たくさんの料理やお酒の準備が進んでいました。ご馳走とは別に用意された簡単な夕食をとった後、私たちは「双喜(シュワンシー)」という「喜」の字が2つ並んでくっついている赤い切り紙を、冷蔵庫、テレビ、ステレオ、リビングや寝室の窓、玄関のドアの内側と外側などに貼りました。新婚さんのおうちには必ず貼られる縁起物です。

それから、真新しいベッドカバーやピローケースなどをきれいに掛けてベッドメイキングをします。その前後から、義両親や親戚がしきりと、うちの息子に「準備ができたら今日はここに寝なさいね」、「あとでここに寝転がっていいよ」と言っていました。私たちは、普段めったに会えない息子かわいさで言っているのかと思っていたのですが、実はそうではなく、「男の子が生まれますように」というおまじないだったそうです。中国では、まだまだ「息子信仰」が根強く、男の子が生まれると「やった!でかした!!」という雰囲気があります。とくに田舎の方にその傾向が強く、息子が生まれたときも義父は大喜びでした。その「運」や「気」を、ベッドに託しておくのです。息子は眠い目をこすりながらも、新しいベッドででんぐり返りをしたり布団にくるまったりして義母や親戚を喜ばせました。

その間に義弟はお風呂で体を清めて、新しい洋服を着、花嫁を迎えに行く準備をしていました。迎えに行く時間も占いで決めてもらい、式当日の夜中の12時過ぎに出かけることになっていました。親戚が花嫁宅に届ける贈り物として豚一頭分の肉、大きな魚8匹(8は、中国でも縁起の良い数字です)などを積んだ車を準備し、花で飾った黒塗りの車に、義弟と、式がお開きになるまで新郎新婦と行動を共にする「伴郎、伴娘」とよばれる未婚の男女一組(義弟や義妹の友人)が乗り込み、12時半ごろに出かけていきました。義母は運転手さんに、花嫁のところで車を止めるときの方角にまで注意を出していました。吉方に頭を向けて止めなければならないそうです。一行は、花嫁の実家に迎えられ、そこで挨拶をして食事をご馳走になります。その後、花嫁を連れて家に戻ってきます。この時間がお昼や比較的早い時間だと、ふたりが家に入る前に爆竹を鳴らしますが、うちの場合は真夜中だったのでそのまま家に入り、こちらでもまた皆でご馳走を食べたりお酒を飲んだりしました。明け方になってようやく家族は一眠りしましたが、式の準備のためにまた早くから起き出して、花嫁は着付けに、新郎は最後の打ち合わせに余念がありませんでした。

式は市内のホテルで100人以上のお客さんを招いての盛大なものになりました。日本と違って、はじめの方で新郎新婦と家族を紹介して、今回は義母と新婦の上司だけが簡潔明瞭なスピーチをし、お客さんの目の前で司会者がふたりにキスをさせたり腕を組んでお酒を飲ませたりし、あとは各自おしゃべりをしながらご馳走を楽しみました。開始から2時間から3時間程度で、食べ終わった人が三々五々引き上げていくというのが中国の披露宴です。引き出物はありませんが、「喜糖」と呼ばれるチョコレート(昔は飴が主流)が配られます。喜びごとには偶数を用いる習慣があるので、必ずひとりにふたつずつ渡します。
よくあるのは、式の後で新郎新婦の家や、夫婦が泊まるホテルの一室に友人たちが詰め掛けて、ふたりにゲームをさせたりからかったりして賑やかにすごす「閙房(ナオファン)」という習慣ですが、義弟たちはそれをせず、まっすぐ家に戻り、家に入る前に爆竹を鳴らし、それで結婚式は完全にお開きとなりました。

来てくれた親戚たちが引き上げて、ようやくまた静かな家になったあと、通りすがりにふと部屋を覗くと、新郎新婦はいただいたお祝い(紅包)を一生懸命数えていました。

画像上:「紅包(ホンバオ)」と呼ばれるご祝儀。お年玉も「紅包」ですが、このポチ袋は結婚式用で、大きな「双喜」の字がデザインされています。
画像下:結婚写真。手前のタバコの大きさと比べてください。このアルバムのほかに、これより大きな額入り写真もセットになっていることが多いです。中国人の家庭では、寝室に二人の写真が飾ってあります。


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