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悲願の山越えバスルート走破からひと月。そこにはかろうじて地図に載っているだけの裏道が存在していた。その名は「力行(リーシン)産業道路」。かなり危険な道である。
さて、この道を語るには台湾の民族の歴史から話を始めなければならない。前回バスで登った埔里〜大禹嶺(梨山)の省道沿いは台湾ではめずらしい羊を放牧する“清境農場”を中心に、台湾らしからぬヨーロッパ風のペンションやロッジが立ち並び一大観光地となっている。しかし一方でこの周辺の標高1,000m以上の地域にはまた多くの原住民の部落が点在している。
そして今回の旅の案内人・タイヤル族のTさんは、いわゆる一般の台湾人(漢民族)のことを “漢人”と呼ぶ。原住民の方が案内する台湾は、話す内容も、視点も大きく異なり、そこからは今まで見えなかった台湾の別の表情が浮かび上がってくるからおもしろい。先ほど触れた“清境農場”も日本時代は“見晴”(みはらし)と呼ばれた場所で、蒋経国(蒋介石の長男で、第6期・第7期総統)の訪問後“清境”という地名に変わったという。
台湾人は「ここはいい所です!」と絶賛するが、原住民にしてみれば乱開発も甚だしいという。そんな原住民の視点から見てみると、名物の「羊の毛刈りショー」を見るための観光客の長蛇の列が車道にまであふれ、休日は大渋滞。その道にあふれた観光客を狙って道端には夜市さながらの屋台がずらり、あちこちに食べ物の匂いが充満している。観光開発が進んで以来、そこで静かに暮らしていた部落の人の生活は一変したという。
その漢人が手を加えた場所は延々3,000m以上の合歓山まで続く。ここは雪の降らない台湾では唯一車で行ける雪見スポット。「今日は合歓山で雪が見られるでしょう」というニュースが流れるやいなや平地の台湾人はこぞってマイカーで合歓山へ殺到する。中にはチェーンをつけずに登る車もあり、毎年事故が絶えない。そこで政府は道が凍結した場合、この合歓山へ向かう道を一時的に通行止めにする。そして登場するのが代替道路の「力行産業道路」である。この道は観光客で賑わう“清境農場”から“合歓山”までの道の山の裏側にちょうど並行する形で走っている道である。“清境農場”の手前から合歓山の先の梨山まで抜けることができる。
今回は案内人である地元原住民のTさんが運転する車で、梨山からこの「力行産業道路」へ入った。間もなく、土砂崩れで片方の路肩が崩れて工事をしている。日本なら即刻通行止めだが、この道は代替道路以外にこの道沿いの原住民の部落の生活道路でもあるため通行禁止にできないらしい。土砂崩れ地点を抜けると、目の前にいきなり広大な高麗菜(キャベツ)畑が広がっていた。
Tさんの話によれば“漢人”は商売のために南国台湾の平地では適さないキャベツの栽培農地をどんどん標高の高いほうへ高いほうへと広げて行き、“高地高麗菜”として高く売っているという。また最近台湾で人気の「高山茶」も標高が高ければ高いほど美味とされ高値で取引されるため、茶畑もまた上へ上へと広がり続けているという。
同行した友人が“空中キャベツロード”と即座に命名したこの道から見える景色はまさに天空に浮かぶ農地であった。山の斜面にぎっちり隙間なく植えられたキャベツ畑の間を縫うように進んでいくと、眼下にいくつかの集落が見えてきた。原住民の部落である。そのはるかに下にある部落までずっとキャベツ畑と茶畑が果てしなく広がっている。
それは美しい風景であったが、同時に異様でもあった。とにかく木がないのだ。Tさんは「日本時代は森林を保護してきたが。あとに入ってきた“漢人”は商売に目がくらみ、木という木を伐採してすべて農地にした」と言った。キャベツ畑を過ぎるとあとは悪路の連続。ついさっき地滑りを起こしたばかりのような道、ある部分は陥没し、ある部分は道の半分が崩れてなかった。車は上下左右に揺れに揺れてそれはもうたいへん。これが片道4時間以上延々と続いた。
この道はもともと住民が通るためだけの細い道だったが、農地の急激な拡大とともに無理やり車道を作ったものの過度な森林伐採であちこち地盤が弱くなり、いまも土砂崩れが絶えず、この道路修復のための費用は年間億単位に登るという。この道の現状が人災以外のものでないことを痛感せざるを得なかった。
途中で訪れたいくつかの原住民の部落では人々が変わらない静かな暮らしをしていた。その村から見上げる山々に広がる農地の異様さと、この山の裏で今日も「羊の毛刈りショー」が行われ“漢人”たちが列をなしているのかと思うと、ここが全く台湾ではない別の国のように思えてきた。「力行産業道路」ここはもう一つの国“裏台湾”を垣間見ることのできる唯一の道であった。
*NT$(台湾ドル)1元=約3.66円(2007年1月現在)
画像1段目右:梨山方面からの産業道路の入り口。いきなり道が崩れている。
画像1段目左:標高2500mを越える、天空のキャベツ道。隙間なくキャベツが植わっている。
画像2段目右:木が一本もない畑ばかりの斜面。
画像2段目左:眼下に広がる斜面に張り付くように広がる農地。下のほうは原住民の部落。
画像3段目右:農地は下まで広がっている。
画像3段目左:途中で立ち寄った雑貨屋の前で。原住民の女の子。
画像4段目右:タイヤル族の部落マレッパにある小学校(力行国民小学)の校門。かなり奥地。
画像4段目左:今さっき崩れたばかりといった感じの道。危険です。 |