■イタリアに住んでいて良かった! イタリア人に万歳!! 2009.3.10 update

ある雨降りの午前中……人通りの激しい大通りの歩道で、私は滑って派手に転んでしまいました。尻餅をついて、そのまま背中も倒れてしまい、歩道に大の字に寝てしまったような状態でした。でも『ああ、恥ずかしい!!』と思う間もない内に、四方八方から「どうしました?」、「大丈夫ですか?」と声がかかり、人が集まってきました。

私の目の前にいた親子は瞬時に駆け寄ってきて、母親が「怪我はないですか?」、「痛いところはないですか?」と言い続け、私が痛みはないと答えると、20代くらいの娘さんが私の手を引いて立ち上がらせてくれました。その間も飛んでしまった私のメガネを拾って持ってきてくれた人もいましたし、集まった人たちが心配そうに見つめる中、私はただ滑っただけで、どこも打たなかったし、痛みもない事を告げると「ああ、良かった」と去っていきましたが、それでも親子や他の数名は残って「本当に大丈夫?」、「ちょっと歩いてみて様子をみては」などと心配してくれ、すっかり汚れてしまった私のジーパンを自分のタオルでふいてくれた年配のご婦人もいました。

お年寄りや子どもならまだしも、普通の大人が転んで、ここまで親切にしてくれる人たちが集まってくる場所は、そんなに多くはないと思います。でも、こういうシーンは南イタリアでは、そう珍しい事ではありません。イタリア人は家族を大事にすると言いますが、大事にするのは家族だけではなく、こうして通りで出会う人々もそうです。転んだり、気分が悪そうな人を見かけると、必ず立ち止まって声をかけたり、必要だったら世話をします。

すれ違う人たちと接するのは、何もそういうシチュエーションのみだけではありません。電車やバスに隣り合わせたり、店で同じ商品を見ていたり、スーパーのレジに並んだり、そんな時にふとした会話が始まる事が多いのです。そして話が弾めばレジは済んで買い物も終わったのに、まだお喋りを続けたり、なんて事もよくあります。それまで全く知らない人だったのに、まるで旧友のようにうち解けたりして……。

隣に住んでいる人の顔も知らないような東京という街で生まれ育ったからでしょうか、私には、イタリアの、こういう人間関係がとても眩しく感じます。最初は戸惑いもあったのは事実。好奇心が旺盛な彼らは、『そんな事、普通他人に聞かないよ?』というような事でも、なんでもかんでも聞いてきます。東京の人間関係から、いきなりコテコテの密着な付き合いの場所に来てしまったのですから、移住したばかりの時には、冷や汗かきながらイタリア人の相手をしていたものです。

ですが、こういう人間関係の中にいたら、心の奥に、小さな幸せを感じている自分に気付きました。バスの中で痴漢に遭ったのにお婆ちゃんが助けてくれた、転んだけどたくさんの人が駆け寄ってくれた、魚屋さんでお店の人やお客さんと一緒になって大笑いのお喋りをした、郵便局で順番を待ちながらいろんな人と歓談した……そんな日常の、ちょっとした事なのですが、知らない人とでも話して交流するのは楽しいですし、それに助けられれば嬉しいし、有り難い。こんな生活のちょっとした事でも、なんとなく幸せを感じて、私も自分から進んで知らない人にでも話しかけるようになりました。

そう言えば、記録的酷暑だった夏、欧州ではご老人の死亡が相次いだ事があったのですが、イタリアは他国に比べて死亡者がとても少なかったのです。それは例え一人暮らしの老人であっても、隣近所の人と密着した付き合いがあるので、半日でも1日でも顔を見ないと心配して誰かが必ず様子を見にいくから、死亡する前に助かったご老人が多かった、と言うことでした。

イタリアには美術、芸術、建築、料理、モード、幾つもの誇れる宝がありますが、私にとっては、こんなイタリア人の人間性が一番の宝だと思います。いい加減なところもあるけれど、それを勝る長所が彼らの根底にあるので、私は本当にこの国に移住してきて良かったと思っています。日本人にしたらお節介なくらいのイタリア人ですが、でも親切で、優しくて、そして根っからのお喋り好き……陽気なイタリア人に万歳です!!

文中の画像: 最終回という事で、私がイタリアの中で一番好きな人間そのものを書きました。画像もすべてイタリア人の笑顔でまとめてみました。長い間ありがとうございました!


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