■エウロ(新通貨ユーロ)がイタリアにもたらしたもの 2004.3.1 update

2002年1月1日、日常レベルでエウロ(イタリアではユーロをそう発音する)に切替わり、人々が新しい紙幣と硬貨を手にした。早いもので、それから2年の月日が流れた。欧州の12カ国が新しい通貨を採用したわけだが、イタリアについて言えば導入後の混乱ぶりは実にドラマチックだった。ATMに準備されていたエウロが数時間の内に空っぽとなる。一方、旧通貨であるリラの換金を拒否する店も多く、正月なのにキャッシュがないという悲劇。その上、換金作業による残業等を理由に銀行労組は賃上げ要求でショーペロ(スト)入り。他国が数日で平均20%もの支払い率をあげるのに対し、イタリアは僅か3%。完全普及にはずいぶんと時間を要した。

当初はエウロに対する期待は桁外れに高かった。ドイツではマルクを永久放棄することへの心理的拒否感が非常に強かったのに対し、イタリアでは国営テレビ放送RAIUNOの番組で視聴者による新通貨のデザインの投票なんてものが行われ、大いに盛り上がっていた。エウロがデビューする1日前の大晦日からATMに行列ができたというのも、新しいモノ好きなイタリア人ゆえの行動だろう。しかし当初の混乱を経て、それが落ち着いてきた中で、エウロはシステムとして定着しても、イタリア人の心からどんどん離れていくことになる。

大手新聞であるレプブリカの調査によれば、エウロ流通から1年後にエウロの有益性については約22%の肯定があったものの、昨年の11月にはたったの7%まで急落。その理由は色々あるが、何よりもエウロがもたらした尋常でない便乗値上げのせいだろう。イタリア人は計算が得意でない。だからすべてが悪意というわけではないが、たとえば40000リラのものから0を複数とって、40エウロとしてしまう。分かりやすいといえば分かりやすいのだが、顧客から見るとこれは2倍以上の値であるのだ。すべてがここまで値上げしたとは言えない。が、エスプレッソもバス運賃も3割増しになった。ローマの或る古いリストランテの壁にはリラ紙幣が額に納められて飾られている。エウロが当初の夢を見続けさせるものだったら、店の主人はそうした額を掲げることもなかったのかもしれない。

エウロに対する呪詛はしかしイタリア国民ばかりではない。観光客にとって「弱いリラ」はイタリアでのショッピングを魅力的にしてくれるものだった。しかしエウロになってからは、物によっては日本で買ったほうが安いなんてことも起こりかねない。そしてチップによく使われた60円程度の1000リラに代わる紙幣はもはや存在しない。だから、なんだか安っぽいけど1エウロ硬貨をホテルのポーターやタクシーの運転手にいくぶん後ろめたい気分で渡すことになる。だが考えてみれば、それは以前の倍以上の支出なのである。

とんでもなく桁数の多いリラ。使い勝手はよくなかった。しかし今ではそれをとても懐かしく想う人々は世界中にたくさんいることだろう。




画像上:エウロ硬貨(各国共通の面と、国別の面)
画像中:エウロ導入後、CDも高くなったような・・・?
画像下:旧通貨・リラ紙幣を入れた額縁を飾るリストランテ


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