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| 熱帯の楽園インドネシア |
のんびりとした田園風景 |
モスクで礼拝中の人々 |
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ギリシャ語で「インドの島々」を意味するインドネシア。その名の通り、南海の蒼い海に約17000もの島々を連ねた世界最大の群島国家です。約183万平方キロメートルの国土(日本の約5倍)と、約2億2478万人(2000年7月)の人口を有する熱帯の大国。この国を形成しているのは300以上の民族と、その多種多様な文化伝統です。「島の数だけ旅がある」といわれるインドネシアをすべてまわるには、一体どれほどの時間が必要なのでしょう。
インドネシアの公用語はインドネシア語で、観光地などでは英語も通じます。しかし各民族は独自の言語も持っており、田舎に行くほど公用語であるインドネシア語も通じないそうです。また無宗教は認められず、国民の約9割がイスラム教を信仰し、残りの1割がキリスト教やヒンドゥー教などを信仰しています。
通貨単位はインドネシア・ルピア。1ルピアは約0.013円(2003年10月31日現在)です。東西5120キロメートルに広がる国内は3つの時間帯に分かれおり、日本との時差は東部で0時間、中部(バリ島など)で1時間遅れ、西部(ジャワ島、スマトラ島など)で2時間遅れとなります。現在の首都はジャワ島の西部に位置するジャカルタ。ジャワ島は国内人口の約60%もの人々が暮らす、インドネシアで最も有名な島のひとつです。 |
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| 古都ジョグジャカルタ |
静かにたたずむボコ遺跡 |
王宮内の博物館 |
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| マリオボロ通りのベチャ |
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このジャワ島で人気の観光地といえば、島の中南部にあるジョグジャカルタでしょう。首都ジャカルタと並んで特別州に指定されているジョグジャカルタは、ジャワの古都として知られる町。地元の人々から「ジョグジャ」の愛称で親しまれています。
ジョグジャカルタには、仏教やヒンドゥー教の渡来、イスラムの台頭、オランダの植民地支配などの歴史を物語るさまざまな建造物があります。近郊にあるボコ遺跡は、9世紀頃にヒンドゥー教徒のボコ王が建てた宮殿跡。1983年とほんの20年前に発見された遺跡で、門と沐浴場の他は崩壊しています。敷地内にはまだ多くの石が転がっており、逆にそれがこの遺跡の真の歴史を物語っているかのようです。この遺跡のある丘からは世界遺産に登録されているプランバナン寺院群が遠くに見渡せ、夕刻には赤く染まる幻想的な寺院を見ることができます。
またこの町で忘れてはならないシンボルが、町の中心に建つ王宮です。この地を長年治めていたスルタン家(王家)が1756年に建てたもので、現在もその子孫でジョグジャカルタ州知事を務めるハムンク・ブウォノ10世が暮らしています。王宮は一部一般公開もされており、敷地内の博物館では往事の華やかな暮らしを見ることができます。
王宮正面からまっすぐに延びるマリオボロ通りが町のメインストリート。多くの車やバイクをぬって、今なお現役のベチャ(自転車タクシー)や馬車が通っています。通りの両脇にはホテルやショッピングセンター、土産物店が並び、夜には多く屋台が軒を連ねる華やかな場所です。 |
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| ンガトゥミーさんと商品 |
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| 収穫作業見学のお願いする |
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なんとかたどり着いた市場の一番奥には、食品売り場が広がっていました。一階は肉や魚、乾物など、二階は野菜、果物、菓子類などと二階層に分かれています。観光客の姿もあまり見られず、客も見るからに地元の人ばかりで、まさに庶民の市場といった感じの雰囲気です。
一階を歩いていると、妙に懐かしいにおいが漂ってきました。気づけば一帯は干物の売り場です。まるで日本の港町の魚市場にでも迷い込んだかのよう。店頭ではしらすやアジなど日本でもおなじみの魚から名前のよく分からない魚まで、たくさんの魚介類の干物が並べられています。これらの干物のほとんどはもともと塩味がついているそうで、煮物にしたり、卵とじにしたり、またふりかけ風にご飯にかけたりしていただくそうです。ちなみに、しらすは1キロ13000ルピア(約169円)でした。
その先にはあったのはお豆腐のお店。インドネシアではタフと呼ばれ、日本のお豆腐とまったく同じようなものが売られているのです。でもこちらのタフはちょっと違っていました。なんと黄色いのです。聞けばターメリック(ウコン)で着色をしているそうで、普通のお豆腐より塩辛いのだとか。たしかにターメリックのあの独特のにおいがします。一丁2500ルピア(約33円)。味見をしてみたいお豆腐でした。
二階の野菜売り場には、近郊で収穫されたさまざまな野菜や果物を扱うお店が並んでいます。そのなかでひときわ賑やかに人が集まっているお店がありました。人混みをなんとかかき分け覗いた先にあったのはジャックフルーツという果実。トゲのようなものが付いた緑色の大きな果実で、人の頭ほどのものから、それ以上のものまで大きさはさまざまです。
ンガトゥミーさん(46歳)はこの人気店の店主。聞けばご主人のスパルディーさん(58歳)が前日収穫したジャックフルーツを市場に持ってきて売っているとのこと。ちょうど追加商品を持ってきていたスパルディーさんに会うことができたので、収穫作業を見たいとお願いしたところ、「じゃあ今日の夕方、一緒に採りに行こう!」とお誘いを受けました。なんともラッキーです。 |
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| 「さぁ一緒に行こうか!」 |
鬱蒼とした熱帯雨林を行く |
枝に実るジャックフルーツ |
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約束の時間、私たちはスパルディーさんご夫妻の住む中部ジャワ州のカリルンパンという集落に向かいました。ジョグジャカルタからは車で北に約1時間ほどの道のりです。二人はすでに自宅に戻っていて、私たちの到着を待っていてくれていました。
さっそく、ジャックフルーツを収穫に行くというスパルディーさんに付いて近くの森に向かいます。トラックで約20分ほど走ると舗装されていない道になり車は入れなくなりました。ここから歩いていくといいます。森に入ってしばらく行くと、スパルディーさんが「ほら、あそこ」といった風に木の上を指さしました。
樹上10メートルほどのところにあったのは、まさに市場で見たあのジャックフルーツ。さほど太くない幹や枝のいたるところで、大きな実がたわわに実っています。しかしこのジャックフルーツ、聞けば1個10キロ以上にもなるのだとか。もし細い枝から実が取れ落ち、たまたま人に直撃しようものなら一大事になるのでは・・・
と思っていたら、スパルディーさんの従業員がジャックフルーツの木にスルスルと登り始めました。そして10メートルほど登ったところでナタを取り出し、ジャックフルーツの茎の部分にあてて切り落としたのです。勢いよく落ちてきたジャックフルーツは割れもせず、私たちの数メートル先にゴロンと転がってきました。いつもこうやって直接木に登って実を落とすのだそうです。頭の上に落ちなくて本当によかった・・・
このジャックフルーツ、インドネシアでは実が熟す前のものを「ゴリ」と呼んで野菜感覚で調理し、熟したものを「ナンカ」と呼んで果物として生で食べています。ゴリは「グドゥッ」というジョグジャ名物の甘い煮物に用いられることが多く、ナンカは独特の香りと甘さが特徴。共に甘い物好きといわれるジョグジャの人々が大好きな食べ物です。 |
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| 木に登って実を落とす |
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| 左がゴリ・右がナンカ |
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| 仲良しのご夫婦 |
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実はスパルディーさんはジャックフルーツを育てるための畑というのは特に所有していないのです。ジャックフルーツの木がある森の所有者と契約し、そこに実ったものを1個単位で買い取っているのです。このような契約をしているところを約50軒持っているのだとか。一応、木の所有者は手入れも行うそうですが、見た限りは特別な手入れもされていないようですし、日本人の感覚からするとなんとも不思議な商売方法です。
またスパルディーさんはいつも市場価格に気を配っているといいます。ナンカが出回る時期にはナンカの値が下がるので、逆に遠方に足を運んででもゴリを収穫するなど、相場を見極め収入を上げるよう努めているそうです。今はナンカの市場価格が安いので、ゴリを中心に収穫しているのだとか。今日のゴリの収穫は200キロほど。明日には市場に並べられ、ジョグジャカルタ市民の食卓に上るのです。
もともとは酪農家だったというスパルディーさん。しかし収入が不定期なため、毎日現金収入が得られる仕事をと考え、1982年に牛7頭を売って今の仕事を始めることに。少しずつ森の所有者とのつながりを広げた結果、子供が大学に通えるほどの収入が得られるようになったそうです。現在、4人のお子さんはそれぞれ家庭を持ち、長男家族は同居して仕事を手伝っています。
「私は家庭を持つまで大変苦労したんだよ。だから子供達には苦労をさせたくない。子供が独立しても、親は子を助ける。家族を負う事は私の義務で、それは私が死ぬまで続くことなんだよ」というスパルディーさん。彼は最後にこう話してくれました。「市場は私にとって重要な場所だよ。いつかは子供や孫が継げるようにしてあげたいと思っている。あの市場は私のその願いを叶えてくれる場所なんだよ」と。 |
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