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| 威厳を放つ大聖堂 |
ブダペストの顔、くさり橋 |
町を流れる美しきドナウ川 |
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ハンガリーと聞いて、皆さん何を思い浮かべるでしょう?世界遺産にも登録される首都ブダペストの美しい町並み、パプリカをふんだんに使ったハンガリー料理、有名なトカイワインやフランツ・リストなどの天才音楽家達を生んだ国など上げればきりがないほど。一言で言い表せない表情を持った国、それがハンガリー共和国。ヨーロッパでは唯一アジア系民族を先祖に持った国です。
北にスロバキア、東にウクライナ、南にルーマニア、セルビア・モンテネグロ、西にオーストリア、スロベニア、クロアチアと四方が陸続きで隣国に囲まれたこの国は、東と西の交差点ともいわれ、その文化に触れようと訪れる観光客は後を絶ちません。日本からハンガリーを訪れる場合、飛行機の定期直行便は現在運行されていないため、少なくともどこか他の国で一回は乗り換えが必要です。乗り換え時間も含め、最短でも14時間以上はかかる長旅です。日本との時差は8時間遅れ(日本が正午の場合は、ハンガリーは午前4時)。3月末から10月末まではサマータイムを導入していて7時間遅れとなります。
国の総人口は約1,017万人(2002年3月3日現在)で、国土は約93,030平方キロメートルと日本の約4分の1ほどの大きさ。温帯大陸性気候で日本と同じように四季もあります。通貨単位はフォリント、1フォリントは約0.55円(2003年8月11日現在)。公用語はマジャル語(ハンガリー語)で観光地やホテル、有名レストラン、お土産店では英語が通じるところもあります。 |
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| センテンドレの町並み |
石畳の通りに並ぶ土産物店 |
民家園の古い家々 |
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| 工房コーシャルネッサンス |
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中・東部ヨーロッパを8カ国に渡って流れ、黒海に注ぐドナウ川。全長約2,860kmでヨーロッパ第二の長流です。スロヴァキアからハンガリーに入ったドナウ川は東に向かいとうとうと流れますが、突如、その流れを南へ変えます。ブダペストの北部にあたるこの地方をハンガリーでは「ドナウベント(ドナウの曲がり角)」と呼んでいます。ドナウベントにはドナウの恵みによって古くから発展した、趣ある小さな町が多く点在しています。
そのひとつ、ブダペストから北に約20キロの場所にあるセンテンドレは、ブダペストからの日帰り観光も可能とあって年間100万人もの観光客が訪れる人気の観光地です。ドナウ川河岸に開けたこの町の魅力の一つは、石畳の狭い路地が入り組んだ中世の町並み。古いおとぎ話に出てくるようなかわいらしい田舎町は、小さい子供から年輩の方まで多くの旅人に愛される要素を持っています。
国内最大の野外民族博物館もおすすめしたいセンテンドレ観光のひとつ。46ヘクタール(東京ドーム約10個分)もの広大な敷地には、ハンガリー各地から300以上の伝統的な民家や教会が移築され、各地方ごとに集落を形成し、ハンガリーの民衆建築の特徴が一目で分かるように構成されています。内装なども往事の物を展示しており、昔の生活を目の当たりにできてなかなか興味深いものがあります。
またセンテンドレは多くの芸術家が住む町としても有名です。小さな市街に15を越す美術館やギャラリーがあり、ハンガリーの文化面においても中心的都市として注目されています。繁華街を一歩はずれた静かなビークッシュ通りにも小さな陶芸工房がありました。「コーシャ・ルネッサンス・セラミック・スタジオ」、15世紀ルネッサンス時代のデザインをモチーフにした作品を手がける工房です。3人の陶芸家の方々が一つ一つ丁寧に作品造りに打ち込んでおり、観光地センテンドレとはまた違った表情を見ることができました。 |
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| 砂糖メロンと親子 |
花屋のおばあさん |
天然のアカシア蜂蜜 |
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| 接客するフェレンツさん |
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味のあるおじさんとそのお母さんが出しているお店に、ちょっと不格好な果物がありました。1キロ100フォリント(約55円)の、砂糖メロンと呼ばれる果物だそうで、味も砂糖のように甘いそうです。何故こんなにも大きさや形が違うのかとお母さんに訪ねたら、「人間の指だって皆大きさが違うでしょ。それと同じよ。これはお母さん指のメロン、大きいでしょ?」と優しい笑顔で答えてくれました。すべてが統一され、きれいな形をした果物や野菜を良しとする日本と違い、自然のままを売っている素朴さが印象的でした。
市場にはお花を売っているお店も多く見かけます。ハンガリーの太陽の光をいっぱいに浴びたひまわりが4本一束で200フォリント(約110円)で売られていました。夏のハンガリーでは郊外に行くと、あたり一面のひまわり畑を目にすることができるそうです。花屋さん自身も「特別な場所で栽培するのでなく、その辺に咲いてるのよ。それがまた良いのよ」と言っていました。
市場で一軒、蜂蜜を売っている小さなお店を見つけました。ドンバイ・フェレンツさん(64歳)が作るアカシアの蜂蜜です。ハンガリー製のアカシア蜂蜜は香りが良く、甘みが後を引かずにさっぱりとして結晶しにくいなどの特徴を持ち、世界的にも有名です。日本ではハンガリー製のアカシア蜂蜜は高価ですが、ここでは1リットル入り1200フォリント(約660円)、0.5リットル入り600フォリント(約330円)と日本の3分の1から4分の1ほどの価格です。
「一度買って食べたらあまりに美味しくて、それからいつもここで買ってるのよ」とお客さん。お店では生産者でもあるフェレンツさんが自ら売っていました。「ハンガリーは蜜をとるための花が育つ土壌にミネラルが沢山含まれているから、良い蜂蜜もできるんだよ」とのこと。遊びに来ても良いよというフェレンツさんのお言葉に甘え、養蜂の作業を見学させていただくことにしました。 |
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| フェレンツさんの養蜂場 |
完全防備の取材風景 |
蜂の健康管理を怠らない |
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翌日、センテンドレ中心部から車でおよそ15分の所にあるフェレンツさんの養蜂場を訪ねました。小高い丘の中腹にあるブドウ畑の中に蜂の巣箱が24個おいてあります。養蜂家の多くは蜂の巣箱を移動させますが、フェレンツさんはこの場所から移動はさせていません。それはこの場所に十分なアカシアがあり、蜂に良い環境が作れる北風が吹くからだと言います。ここで年間約550キログラムの蜂蜜を採取しているそうです。
取材時は8月の最も暑い盛りでした。時には38度以上にもなるハンガリーの夏、長袖長ズボンの養蜂作業は大変です。取材スタッフも完全防備で取材に望む体制を整えていたのですが、フェレンツさんは半ズボンです。大丈夫なんだろうかと思っていると、おもむろに何か液体を皮膚に塗り始めました。実はこれ、酢と水を半分ずつ混ぜたもので、蜂よけ効果と実際刺された時の痛み止めにもなるそうです。蜂に対する慣れもあり、もう平気なのでしょうが、見ているこっちが思わず心配してしまいました。
アカシア蜂蜜の採取は5月の上旬ごろから行います。それまでの一年間は蜂にえさを与え、健康管理に気を配ることが主な作業となります。段ボールと木を燻した煙を蜂の巣箱にかけ、蜂の興奮を落ち着かせてから巣箱を開け状態を確認します。ひとつの巣箱に一匹の女王蜂を中心とした約30,000から40,000匹の蜂の家族が住んでいます。良い蜂蜜を作るポイントは強くて健康的な良い家族を作ることなのだそうです。その為には女王蜂に良い配偶者を見つけてあげることが重要なのだといいます。
養蜂場には奥さんのピロシュカさん(60歳)と孫のブランカちゃん(4歳)も来ていました。収穫期は奥さんも一緒になって蜂蜜採取をするそうです。奥さんはフェレンツさんのことを「勤勉で働き者の良い旦那」と言っていました。 |
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| 奥さん・お孫さんと一緒に |
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| 琥珀色の天然蜂蜜 |
山の様に積まれた養蜂の本 |
インタビュー風景 |
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| 夫婦でくつろぎの時間 |
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自宅は養蜂場から丘を下ってすぐの住宅街にあります。自宅の裏は小さな果樹園になっており、その中に蜂蜜を溜めておく小屋がありました。今春捕れた蜂蜜はそこに保管して必要な分瓶詰めをし市場に持っていきます。
フェレンツさんが養蜂を始めたのは48歳の時。それまでは水道工事工として働きながら趣味で養蜂をやっていたそうです。最初養蜂の技術を教えてくれたのは友人のお父さんでした。養蜂家として素晴らしい技術を持った方で、彼に養蜂を教わるうちに本格的に養蜂をやりたくなったそうです。もともとフェレンツさんの実家は果樹園で、両親について市場で果物を売っていたということもあり、市場への出店は自然な流れでした。
蜂の魅力は他の家畜と違って主人を認識しないが、その分自然のままでかわいく、朝から晩までけなげに働いてくれるところなのだとか。「蜂の家族を自分が育てているという実感こそが、仕事の楽しみなんだよ」と言います。最初は10個の蜂箱からはじめ、育て上げた養蜂場。途中蜂が伝染病にかかり、すべての蜂を焼却処分してしまわないといけなくなった時に泣きそうなほど辛かったそうです。
社会主義時代は生活も苦しく大変だったというフェレンツさん。48歳でこの仕事を始め、やっと誰かのためでなく自分のための仕事を見つけたと語ってくれました。「利益なんていうのは、バターのついたパンの上にサラミがひとかけ乗せられるぐらいの贅沢ができれば良いんだよ」と冗談交じりに語ったフェレンツさんに、激動の時代を生きてきた人間の強さを感じずにはいられませんでした。 |
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